海老

ファントム・スレッドの海老のレビュー・感想・評価

ファントム・スレッド(2017年製作の映画)
4.1
傍目には歪んでいても、当人たちにしてみたら究極に完璧な世界。

美しいクラシックや絵画の良さを言葉で説明しろと言われても難しいように、この作品の美しさを言葉で伝えるのは難しいように思います。

スクリーンに映る隅から隅まで、1950年代のロンドンの生活感に入り込んだかのような没入感。美しいオートクチュールのドレスの存在感だけでなく、家財や車や食事まで、果ては映像そのものの風合いまでリアルな「古さ」を感じさせる作り込みは、これだけで見入ります。気品の漂う映画の所作一つ一つから目が離せない。風景の一部として溶け込んだ音楽も美しい。
あらゆる美しさが調和し、縒り糸のように完成された絵は、これだけで観る価値があると思わせるに十分でした。

そんな世界の中にあって、完璧な美を追求する狂気的な男と、そこに上がり込む狂気的な愛。一般人の共感を置き去りに、戦慄するような恋情の駆け引きは固唾を呑んで見守るしかない。
レイノルズのドレスへの固執は、その先に母親への盲目的な愛があるのは明らかで、女性は衣服の一部と言わんばかり。それを無理にでも自分に向けるアルマが静かに恐ろしい。それらの心情変化や互いの立場の変化が、言葉ではなく映像の中に仕込まれたメッセージでのみ伝えられるかのよう。衣服、車の運転、バター、ゲーム、空腹感、刺繍、母の幻影、ダンス、階段、水…あらゆる事象に意味を見出すことが出来るゆえに、いくら反芻して足りない奥深さがあり、考察が止まることもない。ゆえに現時点では、本作に込められた想いのほんの一部しか受け取れてないのだろうなとも感じます。受け手である観客の中に入って初めて完成する作品と言われているかのよう。

圧倒的な芸術を仕立てるには、一般人には理解できない程の熱があって成せるもの。
それは勿論「映画」という作品にも当てはまる事。狂気の情熱に紡がれた芸術性に、只々圧倒されたのでした。
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