ファントム・スレッド、観賞。
しきたりの厳しい名家に嫁いだ平民の嫁が、さまざまな困難を持ち前の根性で乗り越える細腕繁盛記。極めてNHK朝ドラ的な骨組みのプロットを持ちながらも、終始共感の軸をずらし続けることと、天才的な演出手腕によってスリリングな手触りに仕上げられている。まさにオートクチュール的。
幕開けから画面を構成する全ての要素が美しい、という事実に息を呑む。画面全体が美しかったのは「君の名前で僕を呼んで」だが、本作は細部、人物やオートクチュールのドレスはもちろん、壁紙や料理に至るまで完膚なきまでに美しい。
また全編に渡ってフェティッシュな音量操作が行われているのも特徴で、静寂とノイズのコントラストが観る者の心を効果的に掻き乱す。「ドント・ブリーズ」よりもスリリング、「ザ・スクエア」よりもエレガントだと感じた。レイディオヘッドのギタリスト、ジョニー・グリーンウッドの手がける音楽とその使い方も素晴らしい。
指の先まで天才マザコンシスコンデザイナーを体現したダニエル・デイ=ルイス、名門の規律そのもののような表情のレスリー・マンヴィル、ガッツと狂気の両方を兼ね備えた本作のミューズ、ヴィッキー・クリープス。この3者のエピソードで映画のほとんどが構成されているシンプルさにもしびれる。
繰り返されるドレスの試着シーンで女たちが見せる喜悦と屈辱の表情に象徴的なように、本作では一貫して愛の多面性を説いているように感じる。多面的であるがいっさいのブレはない。
結局、レイノルズはブレーキを持たない軽自動車のようなもので、走り続けたいという意思と同時に止まれないという葛藤も抱えた人格、それにどういう形であれブレーキをかけてやれる存在となったのがアルマ、というわけだろう。本作における不穏にスピード感のあるドライブシーンはその暗喩なのかな、とも思えた。
プロット的にはレイノルズとアルマが、得意先からドレスを取り戻しに行くシーン、レイノルズの死んだ母親とアルマが同居するシーンが特に印象的。ビジュアル的には上述のように全てのシーンが美しい。IMAXで観たいな。