しの

ファントム・スレッドのしののレビュー・感想・評価

ファントム・スレッド(2017年製作の映画)
3.7
「愛は人生を豊かにする」なんて教科書的な物語ではない。愛とは、ある種の呪いだ。しかも、この物語における愛は、なにかを好転させるわけではない。呪いは別の呪いに取って代わられるだけなのだ。それでも、人と人が互いを受け入れ合う姿には美しさを感じてしまう。

「結婚は人生の墓場」とはよく言ったもので、愛は解けない呪いでもあるという解釈から、「愛と憎悪」「美と醜」「生と死」などの表裏一体性を体感させてくる。

そうした表裏一体性を、この作品は「反転」の多用によって体感させる。桃源郷は悪夢へ、マネキンは女神へ、独身という呪いは結婚という呪いへ、待つ者は待たれる者へ、与えられる者は与える者へ…。満たされたいという健気な気持ちが、醜さや恐ろしさを帯び、そうかと思えば美しさも感じさせる。

その反転は最後にどこに到達するか。優雅な画面からは次第に狂気の匂いが漂い始めるが、最後には愛の成就とともに、美しさと恐ろしさが完全に一体化してしまう。この瞬間に、人と人の関係に関する真理が表現されている。

つまり、これほど愛を怖いものだと描きながら、我々は最後まで愛を否定できないのだ。過程がどうあれ、二人が互いを受け入れ、関係に調和がもたらされるあの瞬間を美しいと思ってしまう。これこそが人の愛しくも悲しいサガなのだ。

私は、登場人物が自己完結して、それぞれの世界に閉じこもってしまうような物語が好きではないが、本作は観客を突き放すようで、前述のような真理を突いているため、嫌いになれない。ただ、ひたすらゴージャスなルックや繊細な演出で時間をかけて語った先にあのラストだと、そのギャップに笑えてしまう着地に思えなくもない。
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