きえ

ファントム・スレッドのきえのレビュー・感想・評価

ファントム・スレッド(2017年製作の映画)
4.5
圧巻の美。圧倒的な美。劇場から出たくなかった。明るい日差しに照らされると消えてしまいそうな美しい残像を壊したくなかった… 観終わって興奮冷めない第一声がこれだった。

引退を宣言したダニエル・デイ=ルイスの完璧なエレガンスダンディズムにアルマ同様翻弄された美意識高き芸術作品。立ってるだけで漂う色気からは引退なんてあり得ない。撤回すると言って欲しい。そのくらい今だ華のあるデイ=ルイスがこの素晴らしい作品を引退に残した事そのものが彼の美学なのだと拍手を送るしかない。

マザコンで完璧主義の孤高の仕立て屋と偶然の出会いから彼のミューズとなった若き女の愛の行方を華やかなオートクチュール界の表と裏と共に描いたこの物語は繊細な針で刺すようなチクチクとした痛みを伴う。見えない糸で縫い合わされる愛の形はその男女限定のまさにオートクチュールでどちらが仕立て屋かによって出来上がりは変わるものだ。

人を好きになり愛を交わし合った瞬間から生まれる男と女のパワーゲーム。『惚れたら負け』と言う言葉があるけれど恋愛の主導権は心の余裕に直結する。この作品の面白さはこの主導権の行方、またその過程、そしてその方法にある。惚れたら負けではなくて惚れたら勝つ方法があったのだ。それがこの上なく贅沢な美しさで描かれて行くのだから堪らない。

エレガンスに狂って行く男女の姿をこれほどまでに気高く美しく描いた作品はそうそうない。見方によったらホラーでもある。男は無意識に母の面影を持つ女に惹かれ、幼少期の母との関係を辿る様にその関係を求める生き物なのではないだろうか… とにかく全てにおいて別格の美しさだった。

最後に…アルマを演じた女優さん、最初はミューズに選ばれるにしては田舎臭くてもっさりな感じだなと思ってたけど、後半かなり良くてある意味デイ=ルイスを食ってました。恐るべし!
きえ

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