港町の作品情報・感想・評価

港町2018年製作の映画)

Inland Sea

上映日:2018年04月07日

製作国:

上映時間:122分

3.9

あらすじ

「港町」に投稿された感想・評価

言葉が出ない…映画館で鑑賞して数日経つが感想がまとめられない。
素晴らしすぎて。
映画の中にある生活からまだ抜けきれていないようだ。
こんなに生活の一部をそしてその奥深さを切り取れる想田監督には感服した。
そして想田監督の隣で観ることが出来たことに幸せを感じる。

想田監督の作品はドキュメンタリーではない。
「観察映画」である。
テーマを決めずカメラを通して観て聴いていく。
編集中もテーマを決めて編集しないらしい。
それをすると意図的な作りになるからだそう。

岡山県瀬戸内市牛窓の港町に暮らす人々。
映画を観終えた瞬間、自分は劇場にいたんだと気づく。
上映中は常に牛窓にいたように感じるからだ。

耳の悪い漁師のワイちゃんと小さな頃に捨てられたクミさん。
二人のやりとりや暴露する悲しい現実に笑い涙する…その他の人々との切り取られた生活がリアル。

想田作品は『精神』しか観たことないが、「観察映画」としての素晴らしさを見せられた。
舞台となった岡山での上映初日ということもあり満員で、舞台挨拶も地元ならではの発言もあり盛り上がりました!
sakae

sakaeの感想・評価

4.0
想田監督の絶妙な視点が綺麗に物語のように描かれていました。
色々な人生があって、それぞれの思いは簡単に語ったりできるものではないと思うけど、この映画に切り取られた方々は本当に素敵でした。
どうしてモノクロだったんだろう。。
日本に実在する風景をただ撮ったドキュメンタリーだ。だけど猫と老人ばかりが徘徊する港町の様子は、モノクロで見るとさながらファンタジーだ。
いつか消えて、無くなってしまいそうな風景だから、美しい。自然に生まれる動きひとつひとつが、静かで可笑しい。太陽を波が照り返し、潮の香りが漂う。幸福な倦怠感。
BS2011

BS2011の感想・評価

3.7
映像がとても美しい!
クライマックスの展開はちょっと驚く!!
すべて隠さず表しているところがいい。どこにでもある港町。みんなが波瀾万丈なんだな。
yuhi

yuhiの感想・評価

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きろく
QTaka

QTakaの感想・評価

2.0
〝観察映画〟何?
なんともとらえどころの分からない映画だった。
ドキュメンタリー映画の手法の一つと捕らえて良いのだろうが、一体何?
強烈な映像に面食らいながら、少し考えてみた。
.
そこで、是枝監督との対談が有ったので、映画観賞後に見てみた。
(『是枝裕和×想田和弘 ドキュメンタリーを考える』(日本映画専門チャンネル))
この中で、「ドキュメンタリーとは、客観的事実では無いのだ」と言うことを如何に提示できるか、と言う話をされていた。
ん、確かに、ドキュメンタリーとは、真実を表すものでは無いだろう。
作り手・撮り手が感じたものを表現するための手法であり、その作品だろう。
だから、それを前提にドキュメンタリーを見るのだと思っていた。
ところが、その前提が無くて、「ドキュメンタリーとは」という立ち位置を含めてドキュメンタリーの中で表現するというのだから、製作者も大変だ。
.
その対談の中で、NHKでの番組作りの話が出てきた。
NHKでは、ドキュメンタリーは、客観的事実の表現らしい。
そんな表現は成立するのか?
と言うより、それは、NHKという組織の立ち位置としての〝客観的立場〟のことであって、
つまり、NHKという組織の限界なんだろう。
まったく、あきれるような逸話だった。
.
映画〝港町〟の話に戻ると。
観察からはじまる映画の撮影方法は、静かに観察対象と接しながら、あるがままにその場面を撮って行くということなんだろう。
映画の中では、近所の猫たちに餌を振る舞うご夫婦と猫たちの姿や、
坂上の先祖代々のお墓を掃除し花を生けるご婦人の姿、
朝、市場で仕入れた海産物を、町中を走り回って売り歩く女性と客たちの姿。
港町のありとあらゆる側面を、そこに起こる日常とともに映し出している。
漁港で、一人網を繕っている老人は、一人漁に出て、そう多くも無い水揚げを市場に揚げている。
黙々と準備をし、慣れた手つきで魚を仕分けし、水揚げする姿には、寂しさと同時に満足感を感じる。
ここまでの表現は、私も素直に受け止められたのだが…
.
漁港で出会う老女(久美さん)との絡みは、なんとも理解不能だった。
これが観察映画なのか?
まるで、素人を主役にするバラエティー番組みたいな感じがした。
撮れたものをそのまま利用したような粗っぽさを感じた。
それで、一体何を表現しようというのだろう?
ちょっと、この辺が私にはなんとも受け止め難い表現だった。
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是枝監督との対談の中で、この部分に言及したところが有った。
老女の赤裸々な発言の本人が思う意味と、それを映像として表現した撮り手の意味の間には、大きなギャップがある。
つまり、一方は、話をしているだけなのだが、撮り手にしてみると、それは映像表現として撮っている内容となる。
撮れてしまったその話、表現は、果たして、ドキュメンタリーの一部として発表する内容なのか。
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ここで対談されている、是枝裕和監督も想田和弘監督も、テレビの人である。
私自身は、テレビ番組はほとんど見なくなってしまっているので、おそらくこの二人とは全く意見が合わないのかもしれない。
でも、そこに何かの接点を見つけられれば、このお二人の作品をこれからも見て行けると思うのだが。
どうも、ドキュメンタリーというのは、テレビ文化の中のもののようで、その表現はテレビ的なものにならざるを得ないのかもしれない。
つまり、テレビ的にウケるかどうか。
とすると、ちょっとドキュメンタリー映画と言うものに、距離を感ぜざるを得ない気もする。
cinemar

cinemarの感想・評価

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くみさんに
来たらいいけと
連れ去られ
hi1oaki

hi1oakiの感想・評価

4.1
想田和弘の“観察映画”。
『ザ・ビッグハウス』で感銘を受け、他の作品も観たくなり、とりあえず劇場で今観れるこちらをチョイス。
なるほど。コレが本来の純粋な想田テイストなんだな。『ザ・ビッグハウス』は複数監督だしね。
言ってしまえば“行き当たりばったりの撮りっぱなし”なのに、なんでこんなに面白いと感じるんだろう。

コレはいわば“牛窓ユニバース”。牛窓という次元に囚われた人々の話…にしか思えない。自分が住んでいる日本と地続きと考えてしまうと少し切なくなって、素直に楽しめない。水辺で話すおばあちゃま二人組はまるでジェイ&サイレント・ボブ。喋り倒すおばあちゃんとひたすら寡黙なおばあちゃん。ケヴィン・スミスが好きそうなキャラでしょ。カメラを回してたら彼女達にに出会ったという奇跡。

坂の上の虚実も不明な支離滅裂でとんでもない話を“公平”に伝えているのは観察映画ならでは。安易な“答え”を提示しないないから、受け取る側のスキルも試される。
見方によってはおばあちゃんのツンデレラブストーリーとしても観れちゃったり、墓を掃除するシーンであんなに笑えたり、漁のシーン飽きずに何分でも観れちゃったりといろいろ凄いんだけど、どのエピソードもカメラを通しているから直視できるのであって、自分が実際そこにカメラ無しで居たら気まずいやりきれなさや圧倒的な退屈さから逃げ出したくなるんだと思う。“そんな自分でいいのか?”という問いにもなっているんだけど、もちろんそこにも答えは提示されない。だから考えさせられる。
映画に対して“何も考えないで楽しめる”なんていうのは褒め言葉でもなんでもない。クソくらえだ。何も考えないで楽しいなんてことはない。
あと猫好きにはたまらないシーン多し。そこもまた賛否あっていいエピソードだと思うけど。
kamakurah

kamakurahの感想・評価

3.5
観察映画、と名付けられた想田監督の新作ドキュメンタリー。奥様のご実家、瀬戸内の牛窓の流通(平田オリザ評)とそこに暮らす人々と猫とがモノクロで淡々と描かれて、終盤、心に突き刺さる告白にいたる。その120分強は、なんでもない日常なのに、非現実感に満ちて、観ていて様々な思いが内側で往き来する一本。

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