デンジャラス・デイズ/メイキング・オブ・ブレードランナーの作品情報・感想・評価(ネタバレなし)

「デンジャラス・デイズ/メイキング・オブ・ブレードランナー」に投稿された感想・評価

予算がなかったので スモーク多用なのね
いろいろよくわかって 楽しかった
ブレードランナーの完成に至るまでを作品に関わった人で構成されてるインタビュー作品

「私の3つの武器は夜と雨と煙だった」
シャイニングと繫がっていたとは驚き
2MO

2MOの感想・評価

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『メカニズモ』から『デンジャラス・デイズ』、そして『ブレードランナー』へ。タイトルも変われば、脚本も企画段階から一新され、室内劇は大きく世界観を広げて、その鮮烈なヴィジュアルイメージをもってSF映画の金字塔と評されることになる作品の撮影はついに始まる。

ところがこれが悪夢のような日々であったようで。
リドリー・スコットの完璧主義ゆえ、スケジュールの遅れと予算超過で製作サイドと対立。一日中、雨の降りしきる過酷な現場にも緊張感が張り詰め、あげくリドリー・スコットとアメリカ人スタッフとの間にも対立が生まれる。
なんとか撮影最終日のリミットぎりぎりでクランクアップにこぎ着けたかと思えば、今度は難解すぎるという判断から編集権と追加撮影の主導権が製作側に移る。
リドリー・スコットはもちろんハリソン・フォードとしても不本意なナレーションと、ハッピーエンディングが追加されるが、結局、商業的には失敗に終わり、批評的には賛否両論であった。

現在知られるような評価に定まっていくのは少し先、ホームビデオの登場が転機となる。綿密で重層的な作品の魅力と、繰り返し巻き戻して見ることのできるビデオとの相性もあって、次第にカルト化する人気。
そしてファンの声に応えるようにして、リドリー・スコットの意に沿ったディレクターズ・カットは製作される。

本作には数々のバージョンが存在するが、それらはオリジナルを修正、改変するというよりも、あるべき姿を取り戻す過程であったと見ていいようだ。

今となっては『ブレードランナー』の存在しないポップカルチャー史など想像もできないが、どんな名画もやはり数多くの困難といくつかの巡り合わせによって奇跡的に存在するものなのだった。
ダサいタイトルになるところだった
とにかく監督の拘りが凄まじく、スタッフの粘りと幸運に助けられた作品なんだなと思った
欲を言えばもう少し特殊効果に踏み込んで欲しかったかな
いつぞやかの録画消化。

『ブレードランナー』、大学時代に卒業論文のために毎日毎日繰り返し見ていた時期があります。
無事に論文を書き上げて、卒業が決まって、もう『ブレードランナー』を見なくて済むぞ!なんて思ったりもしたんですが、卒業して3日後にはまたファイナルカット版のDVDをドライブにセットする自分がいました。
自分の感性や価値観が拠り所とする映画の一本になったんだと思います。

そんな(?)『ブレードランナー』のメイキングをドキュメンタリー的に記録する映像作品。
表題にある『デンジャラス・デイズ』は、『ブレードランナー』の元々の脚本のタイトルであったもの。
最初はリドリー・スコットも監督を断っていたものの、ある出来事を境に心境が変化したのか、映像化することを決めたのだとか。
ポール・M・サモン氏の『メイキング・オブ・ブレードランナー』で読んだことのある内容もまあまあ多かったものの、それをリドリー・スコットの肉声で聴けたのは貴重な経験でした。
「ブレードランナー」のメイキングであり、関係者の生の言葉を聞くことができる。

もともと「ブレードランナー」は、「デンジャラス・デイズ」というタイトルで脚本がかかれて、二転三転によって、あの形に落ち着いたそうである。

リドリー・スコットも一度は監督を断っていたとは驚き。
Tuka

Tukaの感想・評価

4.2
おれのイマジネーションに訴えかけてきた。一般視聴者受けにも媚びず、7080年代テクノパンクニューウェーブの香りを映画全体に漂わせている。こんなにテクノを感じる作品、他にはない。
群青

群青の感想・評価

2.0
なぜブレードランナーがカルトになったのか。なぜ5つもバージョンができたのか。それが分かるが今作の制作ドキュメンタリー。デンジャラス・デイズとは当初予定されていたブレードランナーのタイトルである。


脚本の追加から配役の起用、そして完成するまでの長く辛い道のりが描かれている。ほとんどファンしか観ないような濃い内容である笑

リドリー・スコット、デューンを監督する予定だったがデューンが頓挫したため選ばれたことや、ハリソン・フォードが演じたデッカードが当初ダスティン・ホフマンだった事とか。
オリジナル版にあったようなナレーションが脚本段階ではかなり多かったらしく、行動という映画らしいものに変更したのがハリソンだったりするところとか。
最初にレプリカントを面接するあの人は、当初、他の俳優のスクリーンテストのハリソン役だったこととか。それが良くて面接官のシーンが作られたとか。よかったなぁ笑

一番びっくりしたのは5人目のレプリカントがちゃんと用意されており、配役も決まっていたこと。じゃあなんでカットされたかというと、脚本家のストが起きて決められなかったから。おいおいこんなことあるんかい笑

続編のブレードランナー2049がニヤリ出来るのも今作を観ると分かる。実は冒頭のある人物を訪ねるシーンがまんまブレードランナー1の最初のシーンの予定だったのだ。あらまあ笑


観ていて一番伝わってきたのが、製作の大変さ。監督がかなり凝るから、自分の認めたショットを作るためにテイクを繰り返す。それが重なればお金も時間もかかる。
時間がかかるからスタッフと監督の溝が深くなる。お金がないから時間もかけられない。なんという悪循環。
予算がないから工夫しなきゃいけないんだけど、ワン・フロム・ザ・ハートや未知との遭遇から美術を拝借したりしてる笑

でもそれだけの難産だったおかげか興行収入はなくても、その深い作品性に感化された監督は多かったようである。
突然、フランク・ダラボンやギレルモ・デル・トロらがこの作品がいかに素晴らしいか褒め殺しする笑
デル・トロ監督なんかいつものオタクキラキラフェイスで語る。笑

作品には関係ないけどトニー・スコットが出ていた。兄のことを語っていた。
勝手に涙腺が緩くなった。やっぱりあんた、生きてて欲しかったよ…わがままだけど…


ブレードランナーを好きになった人には是非オススメの作品である。
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