デンジャラス・デイズ/メイキング・オブ・ブレードランナーの作品情報・感想・評価

「デンジャラス・デイズ/メイキング・オブ・ブレードランナー」に投稿された感想・評価

予算がなかったので スモーク多用なのね
いろいろよくわかって 楽しかった
[カットされた場面]

  映画作りというものが、如何に大変なことかが分かる。リドリー・スコットが大勢のスタッフをまとめ、次々とアイデアを映画に盛り込んでいったのには、目を見張るばかりだった。だが、現場のスタッフと大衝突して険悪になったりもあったと。本当によく映画が完成したと思う。

 また、試写での観客の反応が悪かった為に、最後にはリドリー・スコット抜きでデッカード(ハリソン・フォード)の独白の説明を入れることに。それで、彼は「ブレードランナーディレクターズカット版」や「最終版」では、自分の思う通りのデッカードの台詞が無いものにしている。

 また、デッカードが、レプリカントであるという象徴としてユニコーンの夢を見るシーンも、意味が分からないという事で劇場公開版では切られてしまったと。リドリー・スコットとしては納得できないものだったろう。でも、私は、デッカードが人間であるからこそ、レプリカントに命を助けられる展開の方が意味が深いように思うのだが。

 オリジナル版を観たばかりなので、こんなにいろいろ考えることが出来て、なかなか面白かった。(2017.10.30)
ブレードランナーの完成に至るまでを作品に関わった人で構成されてるインタビュー作品

「私の3つの武器は夜と雨と煙だった」
シャイニングと繫がっていたとは驚き
2MO

2MOの感想・評価

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『メカニズモ』から『デンジャラス・デイズ』、そして『ブレードランナー』へ。タイトルも変われば、脚本も企画段階から一新され、室内劇は大きく世界観を広げて、その鮮烈なヴィジュアルイメージをもってSF映画の金字塔と評されることになる作品の撮影はついに始まる。

ところがこれが悪夢のような日々であったようで。
リドリー・スコットの完璧主義ゆえ、スケジュールの遅れと予算超過で製作サイドと対立。一日中、雨の降りしきる過酷な現場にも緊張感が張り詰め、あげくリドリー・スコットとアメリカ人スタッフとの間にも対立が生まれる。
なんとか撮影最終日のリミットぎりぎりでクランクアップにこぎ着けたかと思えば、今度は難解すぎるという判断から編集権と追加撮影の主導権が製作側に移る。
リドリー・スコットはもちろんハリソン・フォードとしても不本意なナレーションと、ハッピーエンディングが追加されるが、結局、商業的には失敗に終わり、批評的には賛否両論であった。

現在知られるような評価に定まっていくのは少し先、ホームビデオの登場が転機となる。綿密で重層的な作品の魅力と、繰り返し巻き戻して見ることのできるビデオとの相性もあって、次第にカルト化する人気。
そしてファンの声に応えるようにして、リドリー・スコットの意に沿ったディレクターズ・カットは製作される。

本作には数々のバージョンが存在するが、それらはオリジナルを修正、改変するというよりも、あるべき姿を取り戻す過程であったと見ていいようだ。

今となっては『ブレードランナー』の存在しないポップカルチャー史など想像もできないが、どんな名画もやはり数多くの困難といくつかの巡り合わせによって奇跡的に存在するものなのだった。
ダサいタイトルになるところだった
とにかく監督の拘りが凄まじく、スタッフの粘りと幸運に助けられた作品なんだなと思った
欲を言えばもう少し特殊効果に踏み込んで欲しかったかな
いつぞやかの録画消化。

『ブレードランナー』、大学時代に卒業論文のために毎日毎日繰り返し見ていた時期があります。
無事に論文を書き上げて、卒業が決まって、もう『ブレードランナー』を見なくて済むぞ!なんて思ったりもしたんですが、卒業して3日後にはまたファイナルカット版のDVDをドライブにセットする自分がいました。
自分の感性や価値観が拠り所とする映画の一本になったんだと思います。

そんな(?)『ブレードランナー』のメイキングをドキュメンタリー的に記録する映像作品。
表題にある『デンジャラス・デイズ』は、『ブレードランナー』の元々の脚本のタイトルであったもの。
最初はリドリー・スコットも監督を断っていたものの、ある出来事を境に心境が変化したのか、映像化することを決めたのだとか。
ポール・M・サモン氏の『メイキング・オブ・ブレードランナー』で読んだことのある内容もまあまあ多かったものの、それをリドリー・スコットの肉声で聴けたのは貴重な経験でした。
「ブレードランナー」のメイキングであり、関係者の生の言葉を聞くことができる。

もともと「ブレードランナー」は、「デンジャラス・デイズ」というタイトルで脚本がかかれて、二転三転によって、あの形に落ち着いたそうである。

リドリー・スコットも一度は監督を断っていたとは驚き。
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