レイニーデイ・イン・ニューヨークの作品情報・感想・評価

上映館(2館)

「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」に投稿された感想・評価

ウディ・アレン
ブレない監督。。

映像と会話聞いただけでウディ・アレンだとわかる。
minami

minamiの感想・評価

5.0
眼福…
歩き方とか猫背具合とか、ティモシーシャラメがめっちゃウディアレンになってて良かった
Masumi

Masumiの感想・評価

3.5
実はあんまりウディ・アレン好きじゃないんだけど、もはや意地で観てるかも?独特の恋愛観だよね〜。セレーナゴメス、サバサバキャラはいいとして、元カノの妹設定がなんか嫌。エルファニングは無垢なお嬢さんが似合うが...
結局、美人いっぱい出てくるけど、ティモシーシャラメが一番美人じゃない?ピアノ弾くのさまになるなーって、浅い感想。
さ

さの感想・評価

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シャラメと同じ時代に生きれて映画館で観れて幸せです
晴れではじまって曇りで終わって、雨で始まって雨でまた始まる恋愛

エルとセレーナが主役級で出てるだけで史上最高の映画
mzk

mzkの感想・評価

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ついに、ウディ・アレンの映画を鑑賞。予想を裏切らない内容だった。ニューヨークの名所を案内、デートのスポットも網羅。清々しいほどに洒落臭いが、会話のテンポも軽快、爽やか。その辺りは十八番か。
シャラメはイケてる男よりも、優柔不断で、だらしない男の方が似合う。今回も、彼の長所を詰め込んだ役だ。役名も直球。エルは完璧にミューズで、監督が惚れる、俳優も惚れる。彼女の人気を考えれば、メタ的な役柄にも思える。
言わずもがな、ウディ・アレンの諸問題は脳裏を掠める。
カフェソサエティが最後で観覧車〜観てないのだが、割と軽めな画の質感、所々の空気感が図らずもホンサンス/ロメールに寄ってる気がする

君の名前で〜からシャラメアンチであったが、今作はカクテルピアノの髄をわかってるオタクみのあるシティボーイという役柄で愛せたので、若干許す

個人的にすこなリーヴシュレイバー、ディエゴルナのネタ起用良かった
MIA

MIAの感想・評価

2.5
雨を綺麗に表現されてる映画だなと思った。セレーナとティモシーと皮肉じみた会話がとても面白くて好きなシーン。
こんなとんとん拍子に全てが進んで行ったらいいなぁ…と思いながら見てました笑
~冷めたり、のぼせたり。デートの雨に試されて~

撮りも撮ったり、監督作品50本目。もちろん、その総てを見てはないけれど、年齢も暮らす環境も違うウディ・アレンが、送り出した作品を、未だ、迷い諦め折れ掛ける気持ちを支えてくれる「こころの拠り所」として参りました。タイトルにキャスト、スタッフが、あの見慣れた書体で記される黒味の画面が目に入って来ると、日常生活での煩わしい事は、その瞬間に立ち消えて、作品世界に、たちまち没入できる「体質」に、何時しかなっていました。

ここ最近の作品にあって、中心人物の年齢が監督自身に比べて、遥かに若く、かけ離れております。英語が覚束ないので、現代っ子として言い回しが合っているかは判りませんが、老若男女の誰が見ても違和感はない筈ですし。見る者を、くすぐり、のぼせ上らせて、作品の終わり際には、甘く感傷的な気持ちにさせる、そんな「ロマンティック・コメディ」を、80歳をとうに過ぎても創作できて。長い人生から得た、覚りや真理を、時にサラッと、ある時には予想外に仕込んでみせて、絵に描いた話に、「苦み」でもって、漂う甘さを締めてくれて、飽きの来ないカクテルには、きょうび、中々巡り逢えません。なので、作品の味わいを損なわない様に、この駄文もキリっと仕立ててみたい。

母親が薦めた大学を退学して、今は、自然豊かな郊外にある大学に在学する、ティモシー・シャラメ君扮するギャツビーは、エル・ファニングさん扮するアリゾナ出身のGFのアシュレイが、大学の学生新聞の取材のため、ニューヨークで、最近名を上げている映画監督とのアポイントメントを取ったのにかこつけて、古郷ニューヨークを彼女に見せてあげようと計画して、一泊二日旅行で、一緒に長距離バスに乗り込むも、愛着ある街で恋人と過ごす時間に想いを馳せて、車中の喋りも、何時にもまして口数が増える。

その日の午前中に終わるはずの取材を、街中で待つギャツビーだったが、有名で陰ある大人の男性からの「打ち明け話」に、スクープと個人的興味の追求から、アシュレイは、取材を引き延ばし続けて、ニューヨークの街で、二手に分かれたままとなる。映画監督から、盟友の脚本家(ジュード・ロウ)に、ワイルドな風貌だけが売りの男優まで、思いもよらぬセレブなひと時に、彼氏を忘れるアシュレイ。片や、ギャツビーは、いつ終わるとも知れぬ「おあずけ」のまま、降り出した雨の中街をふらつくうちに、昔の彼女の妹のセレーナ・ゴメスさん扮するチャンと再会して、本当は、アシュレイに見せる筈だった、メトロポリタン美術館で、二人して展示作品を眺めていたりして。突然の雨の様に、若き恋人たちの間に降った「試練」を乗り越えて、セントラルパークを見渡す眺めのホテルのスゥイートルームに辿り着けるのか。

学生新聞とは言え、取った談話を公にする立場にありながら、出逢ったセレブの痴情のもつれに鼻を突っ込んだり、こちらに飛び込んで来た女子大生を巧い事取り込もうとする過程で、「彼、アスペルガーじゃないかって思う。」とか、他人に伝えなくても良い本心を漏らしたり、天然と云うには、慎みが足りないアシュレイ役には、旨味が少ないにも関わらず、あえて演じたエル・ファニングさんは、下手したら、「Super8」での少女の頃以来の邂逅だったかも。本編では、軽はずみな行動ゆえの「報い」を受ける事となった際に、成長ぶりをチラっと拝見させて頂きました。

対して、ギャツビーに辛辣な言葉を浴びせながら、久しぶりに会う姉の元カレの印象を深めて行く「心移り」具合が、頬っぺたがぷっくりした妹らしい幼さが、フトコロ深い大人の女性への変貌にも受け取れるチャン役のセレーナ・ゴメスさんは、見ているこちらも好印象。ギャツビーが、砂漠で有名な出身地の彼女に待ちぼうけを喰らっているのを知ると、「普段は、サボテンの話で、彼女と盛り上がっているの」とか、姉から聴いていたキス評価をバラすとか、あえて突き放すかの物言いをして。この辺りのギャツビーとのやり取りは、この手の話のスパイスで、なにか予感させる雰囲気を醸していました。

しかし、何といっても、本作のまさに立役者は、シャラメ君に尽きるでしょう。役名からして、最近ではデカプリオ様でも、映像化されたフィッツジェラルド氏著作のあの作品を連想せざるを得ないし。他にも、「ライ麦」やシャラメ君の直前公開作「若草物語」での役柄も彷彿とさせる、身勝手で、モラトリアムで、ギャンブラーとして生計をたてるのを夢見るだとか、兎に角、世間知らずのお坊ちゃまが、あの端正なお顔立ちのお陰で、全くの、イヤ味が御座いません。しかも、アシュレイにデートをお預けにされた腹いせで吸えないタバコに手を出した時とか、故郷で友人と懐かしさを装って喋る際、言い訳や、嫌いだって裏腹の胸の内をナレーションで被せた際の卑屈さ具合の漂わせぶりは、過去の監督作品からの勉強の成果か、神経質そうな感じが肌に付いているかのよう。

自分が一番の「傷心者」と、拗ねきったギャツビーが、生まれ故郷に帰ったからには顔を出さなきゃいけないパーティーで、「あてつけ」を試みるも、思わぬ返り討ちにあって、自身の浅はかさを思い知らされるナイーブな表現は、過去作でも実証済ですし。それに加えて、雨に降られたチャンが、着替えている間に彼女の家のグランドピアノに座って、向こうでは馴染みのスタンダード「Everything Happens To Me」を、自身のピアノ伴奏で甘い歌声を披露して。チャンも観客も、すっかり魅了してくれて、ルックスが良いうえに、こういう「飛び道具」を持っているなんて、神様は、不公平です。

大騒動の一日が明けた翌日も、霧雨に包まれたセントラルパーク。区切りをつけたギャツビーの背後には、お馴染の時計台が有って。彼が、振り向くそこには。ここまで魅了しつつ、忍ばせた「仕掛け」が、そこで花開く訳です。察しの良い方には、ネタバレかもしれませんが。こんな、光景、見られるものなら見てみたい。それが、映画だって、良いじゃないですか。

拙文にお付き合い頂き、ありがとうございます。
シネプラザサントムーン 劇場⑪にて
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