じぇれみー

50回目のファーストキスのじぇれみーのレビュー・感想・評価

50回目のファーストキス(2018年製作の映画)
3.5
【ZAZの血を受け継ぐ日米コメディ監督の資質の違いが露わになる、ラブコメディ】

オリジナルのピーター・シーガル監督と言えば、ZAZの後を継いで『裸の銃を持つ男 33 1/3』を作り上げた男。
一方、日本を代表してリメイクに挑む福田雄一監督は、パクリという批判を気にせず、ZAZへの愛だけで『33分探偵』を作り上げた男。
彼が本作を担当するのは、意外ではなく、必然いや運命と呼んでもいいでしょう。

そして、蓋をあけてみれば、驚くほどオリジナルに忠実。予算的な事情やコンプライアンス的な懸念か、登場人物の背景こそ手を加えているものの、細部のやりとりに至るまで、8割方オリジナル通り。
福田組らしいと皆さんが感じるであろうコメディパートも、ほぼオリジナル通りです。
「脚本:福田雄一」とありますが、「脚本:ジョージ・ウィング、福田雄一」と表記した方がいいのではないかと思うぐらい。
やっぱり福田雄一作品の核は、ZAZ魂なんだなぁと、再認識しました。

とはいえ、両監督のコメディセンスには、当然違いもあります。大枠が同じだからこそ、今回はその差異が明確になりました。

同じボケに対しても、福田監督はツッコミを入れるんです。
例えば、息子がおかしなことをするのを父親が叱るシーン。日本版では、漫才のようなツッコミがはいります。これが、コメディではなく、狭義のコントっぽさを醸し出してしまうんですね。
たしかに、このツッコミで私たちは爆笑します。しかし、その瞬間父親は「説明的に笑わせてくれる人」になってしまいます。
ハリウッド版ではそうならないんですよ。あくまで父親が息子を真剣に叱っているだけ。
良質なハリウッドコメディでは、登場人物は皆、観客のための説明はしません。ただただ一生懸命リアクションしているんです。
この違いは、じわじわ効いてくるもので、明確なツッコミを入れる日本版では、父親が役割を持った人工的な存在と化し、感情移入できない人物となっていきます。

福田監督に感じるフラストレーションは、これなんですよね。
笑えるけど、感情移入はできない。
好みもあるでしょうが、今一度手法の見直しをしてもらいたいです。

長々と書いてしまいましたが、もう1つだけ不満を。
コンプライアンス的な配慮からか、オリジナルのバイセクシャルが、ノーマルな性的嗜好の女性に変えられています。
しかし、これによって、太賀さん演じる弟が、前時代的なLGBT観の上に成り立つキャラクターになってしまいました。

ハリウッドコメディは、時にはエッジの効いた差別的な表現をします。しかし、最後まで観ると、その多様性こそが真の平等だと気づかせてくれます。
表面だけキレイに取り繕うのではなく、批判を恐れず、本質を追究する姿勢を、日本のコメディにも貫いていただきたい。逃げちゃダメです。

とまぁ、厳しいことばかり書きましたが、オリジナルに思い入れがなければ、爆笑できるコメディですよ。
実際試写会場は爆笑の嵐でした。
オススメできます。
ただし、ラブロマンス部分は、表層をすくっただけで、残念ながら泣ける作品ではなかったかなぁ。

【補足】
欲を言えば、ここまで忠実にオリジナルをなぞらずに、もっと大胆に福田流アレンジをしてほしかった、というのが本音です。
悪く言えば、福田監督はラブロマンスパートと向き合えていなかったんじゃないかとさえ、私は感じました。
次は、オリジナルのラブコメディを作ってみては?