晴れない空の降らない雨

ブレッドウィナー/生きのびるためにの晴れない空の降らない雨のレビュー・感想・評価

3.8
 『ブレンダンとケルズの秘密』『ソング・オブ・ザ・シー』が非常によかったので楽しみにしていたカートゥーン・サルーン・スタジオの新作。映画館で観られないのは残念といえば残念だが、円盤買わなくても好きなだけ観られる配信もありがたい。それにしても興味をそそられない邦題をつけられたものだな……と思ったが、9.11の翌年に翻訳された原作絵本の邦題だった。
 
 ご当地アイルランド文化に取材したファンタジー作品である前2作から打ってかわって、ご当地タリバン支配下のカブールに暮らす家族の苦境を描くこの作品。序盤から精神的にきつい描写がつづく。まぁ確かに劇場公開は難しいだろう(来年やろうとしているそうだが)。『ブレンダンと~』で副監督をつとめたノラ・トゥーミー監督は、そんな日本の商業シーンではまず無理な挑戦的な題材を、あいもかわらず素晴らしい独特のスタイルによって、見事にアニメーションへと昇華してみせた。とはいえ、仕方ない面もあるがやや愚直な印象で、前2作のような実験性や遊び心はなかった。
 いずれにも共通するのは「物語りへの信仰」だ。ライカの『KUBO』もそうしたメタ的な構造をもっていたことが思い出される。アニメーション、とりわけ3DCG以外のアニメーションという物語る手段とそれは無縁でないだろう。前2作において、神話や伝承ひいては文化を語りついでいくことがストーリーに織り込まれ、かつ作品の目標のひとつにも据えられている。本作における物語りは、そうした民族=国家的伝統を負っていないオリジナルで、「平和」というより普遍的なテーマへと、究極的には結びつけられている。
 ただ、個人的には、こうしたメタ構造に不満がないわけではない。今日の信仰者はわざわざ「私はキリスト教徒です」と言わねばならないのだが、キリスト教が空気のように日常に溶け込んでいた時代にそんな宣言は不要だった。厳しい言い方になるけど、本作の「物語りへの信仰」にも、そういう自信の弱さを感じる。
 
 こうした枠物語は、たいてい本筋(つまり劇中の現実)と別の仕方でアニメートされて区別されるのだが、本作の場合は切り絵をつかった2D人形劇? みたいな感じでなかなか面白かった。影があるので、切り絵アニメーションともまた違う(といっても実際はCGと思われる)。アニメーションは枠物語を好むが、その枠物語では現実パートよりも様式的な表現を用いる。これによって、より様式的でない現実パートが相対的に現実感を獲得できるためかもしれない。
 先述のとおり、アニメーション作品として特筆したい点はあまり見つからなかったが、たとえば光の表現に優れたものがある。とくに朝日に照らされた家々が美しく描かれている。砂埃の感じも「らしかった」。それに、舞台が舞台なだけに絵で描かれること自体が珍しいから、あえて凝った表現をしなくてよいとも思うし。
 細かいところだと、パヴァーナの帰りを窓から見る構図なんかよかった。男装して働きに出る娘が心配で窓からずっと外を見ている家族の気持ちが窺い知れるわけだし、また、それまで外で男子として振る舞っていたパヴァーナを小さく映すことで、本当の彼女が少女という極めて脆弱な存在であることを改めて認識させるショットでもある。
 
 ところで知らなかったのだが元々アイルランドにアニメーションを定着させたのは、あのドン・ブルースらしい。ディズニーを飛び出してつくったスタジオが引っ越した結果、この地にアニメーターが育っていったのだとか。スタジオ自体は1995年にアイルランドから撤退してしまったそうだが。