女性は夫や男性家族の同伴がなければ、外を歩くことも、何かを買うことも許されない。そんな極端な習慣が、タリバン政権によって押し付けられていたアフガニスタンを舞台にした話。
主人公パヴァーナとその家族は、足の悪い元教師の父の、代読代筆とつましい行商で日々の糧を得ていた。往来で物を売る父の手伝いをするかたわら、パヴァーナは父からいくつもの物語を聞かされ、覚えるように言われる。今の暮らし向きに鬱屈のあったパヴァーナはしかし、それを素直に学ぼうとはしていなかった。
ある日、タリバンの自警団に目を付けられ、半ば難癖同然に刑務所へと連行をされてしまう父。大黒柱を失うだけではなく、大人の男が一家から消える。稼ぎ手はおろか、パヴァーナ、姉、母、そしてまだ幼い弟の4人では外に買い物に行くことさえ許されないという理不尽な状況が家族を襲う。パヴァーナは、父親から聞かされていた物語を唱え、その登場人物たちの持つ勇気を自分に言い聞かせながら、髪を切り少年の様な風貌をすることで、外の世界へBreadwinner(稼ぎ手)として出ていくという話。
とかく、彼女たちを襲う理不尽がやるせない。
女は外に出るな。
唯一の男が投獄されてしまったから、それを出してもらえるよう嘆願するため刑務所に行く。
いいから女は出るな。
買い物に行けないのでは餓死してしまう。
いいから女は出るな。
一事が万事そんな調子。じゃあ、飢えて死ねって言うのかとでも言いたくなるが、それとこれとは話が別だ、とにかく女は外に出るなと言う答えが返ってくるだけなのだろうし、それ以上逆らえば、銃弾が飛んでくるのだろう。とんでもない圧政である。
その現実が世界の遠く離れた地で人々を苦しめているのだという事を、いやがおうにも直視させられる、とても印象強い作品。
ただ一つ、気になった点も。もちろん、こんな現実はあってはいけないし、それを世に知らしめるためにこの映画が果たす役割は大きいと思うが、これは非イスラム国家によって作られ、非イスラムの人々に、丁寧な文脈なしに消費されている現状は少し危ういのでは、とも思った。
多くの感想で「男尊女卑のイスラム」「男尊女卑の国家」と言ったような文言を見聞きしたからだ。
イスラム文明に於いて、社会における男女の扱いは、確かに、欧米の基準ではないだろう。しかし、男女不平等が即ち、男尊女卑であるかのように錯覚するのは早計であるし(事実、社会の様々な点で、女性が優遇、庇護されている様な事例も数多く存在する)、彼らの宗教的背景文化的背景への配慮の足りない考えであるように思う。
確かに、この作品で描かれているような不平等な構図は、あからさまに男尊女卑の構造ではあるが、これは別にイスラム世界のスタンダードでは無く、行き過ぎたタリバンの圧政の一つの帰結であろうと言うのは想像に難くなく、そもそもタリバン政権の遠因をたどれば、欧米の不当な中東への支配、介入があったからこそであることは無視できない。
そういった観点が、少なくとも作品単体からでは与えられない。欧米、特にヨーロッパでのイスラムフォビアの噴出などを考えれば、少し配慮に欠けるのではないかとも思ったり。
最近だとイーストウッド作品とかに良く感じたことだし、もっと一般論を言えば欧米の価値観全体に言えることだが、「てめぇでやってきたこと棚に上げて、どの口が言ってんだ」テイストは常に付きまとう。
その点をどこか心に留め置いて、「あたりまえの正しさ」に魅入られ過ぎない様にしなければな、と自戒。