おみの

恋は雨上がりのようにのおみののレビュー・感想・評価

恋は雨上がりのように(2018年製作の映画)
3.9
大泉洋が風邪をひいて寝込んでいる場面があります。かわいそう。さて「風邪をひいたので風邪を治すために一人ひたすら自宅で安静にしている」という時間についてどう思いますか。わたしは一種最高に充実した時間と思います。安静にするという行動こそがその時自分がなすべき第一であることがまったく疑いようがないからです。シンプルに生き物的な意味でも社会的な生き物としても、とにかくまずこの風邪を治さないことにはなんにもどうにもならないことがまったく明らかで、そして治すという目的のために安静にするという手段が適切であることが明らかだからです。自分は今これをしていていいのだという確信があるから、わたしは風邪で寝込んでいる時間がかなり「好き」な時間です。生きてる感じする。こういう確信が他のあれこれではなかなかもてなさすぎる今日この頃。
なんの話かというと、この映画というのは「風邪を治している時間」、「雨が降っている間」、「夜」の話だと思います。とっとと治してしまうべき風邪、やまない雨はないの雨、明けない夜はないの夜。元気に対して病気、好天に対して悪天、光に対して影。よくないほう。裏面でしかないほう。裏面なので「こんなとこで何やってんの」とか言われます、けれど表面にとって決して「関係なくない」裏面。必要であることは確信されてるけど、でも裏面。いや裏面だからなんなのだ、否定とか貶下とかいらなかった、ただしそれは、裏面が裏面である限りだった。表面が存在する限りで、それに対するものとして裏面も等しくある。だから大泉洋は海辺でああするし、小松菜奈はもう一度走りはじめます。
恋と夢とを天秤にかけてとか感情を理性で宥めてとかいうよりも、全部は「走る」ことにまつわる話、彼女の「走る」人生の中に「走っていなかった」時間が正しく位置づいた。終わらされることによって、消し去られずに救命される時間。風邪をひいた以上まず風邪を治すべきで、風邪が治ったら布団から出るべき。そういうすこやかなさわやかな話です!たぶん!小松菜奈と山本舞香のかおかたち、もう髪の表情まで、その使いこなしがまったく疑いようなく存分にすばらしいです!ばんざい!