海老

恋は雨上がりのようにの海老のレビュー・感想・評価

恋は雨上がりのように(2018年製作の映画)
3.7
このもどかしさで悶々とする感じ、
悶ド・セレクションという賞があるならば受賞しそうだけれど、そんな賞は無いのでした。

永井監督は、推進力を持ってキャラの魅力を描く事に優れているなと、帝一の國の時に強く感じました。
それは本作においても健在で、開幕オープニングから一気に疾走する青春感。土煙を上げそうな程の全力ダッシュ、ドリフトする勢いの曲がり角、エネルギーに満ちた走り姿、躍動感あふれる音楽、それでいて雨粒が水溜りに波紋を作るような繊細さも感じさせる人物テロップ。ほんの僅かのオープニングシークエンスで、作品の世界観を知らしめ、観る側のギアを上げてくる感じは流石です。

さて、僕は原作を知らないので、その上で書かせていただきます。

前情報通り、女子高生からバツイチ子持ちに向けた片想いであり、良識ある大人であるほど、それは成就するはずもなく、という話。ではありますが、本質的には青春の物語だったなと感じています。

小松菜奈さん扮する橘あきらは、とにかく感情を伝えるのが下手だ。見つめたつもりが睨みつけ、想いを向ければ怒っていると思われる。叶わない恋に悲観して泣いたり、さめざめと観客に同情を乞う事も無いから、無表情で店長に突き進む様子は只々可笑しい。
大泉洋さん扮する店長は、とにかくお人好し。優しいとは敢えて言わない。良識ある大人ゆえに女子高生からの好意には応えられないとまではハッキリ言っても、決して迷惑だと突き放す事はできなくて、結局はあきらに振り回される。

この構図、健康的でエネルギーに満ちた女子高生の、全力のエンジン空吹かしを観ているかのようで、観ているこちらは大変にもどかしい思いをさせられるわけであります。勿論、そこを愉しむ部分であるわけですが。演者とキャラクターが良ければ何気ないカットもたちまち魅力的になるものです。

と言いつつも、単純なラブコメでなく、青春物語と僕が感じているのは、この話の帰着点ゆえです。
従ってこの先はラストの核心部分に対する僕の思いなので、情報を入れたくない方は避けてください。



橘あきらは、大きなケガによって大好きだった陸上から離れてしまった人物。ゆえに、彼女の心理を投影するかのように外は土砂降りで、そこに店長が傘をくれています。
店長の言葉は、あきらが本来走っているべき場所を思いやり、もう雨宿りは終わりにしようと精一杯の優しさと勇気を振り絞ったのでしょう。その気になれば傘から出られることを知っていたから。
涙を浮かべつつ微笑んで応じるあきらは、眩しく切ない。

それでも、最後の最後に、諦めるつもりはないし、傘を求めていただけじゃないというあきらのアンサーを匂わす特大の余白を残して幕引き。二人のデコボコな関係性は終わりそうにないし、どうやら雨上がりの青春も始まったばかり。

数年後、この二人がどうなったのかと想像しても答えはなく、大変に悶々とするわけです。

悶ド・セレクション2018暫定一位。