茶一郎

ゲティ家の身代金の茶一郎のレビュー・感想・評価

ゲティ家の身代金(2017年製作の映画)
4.0
 おそらく2017年で、映画の内容を差し置いて製作過程がスキャンダラスだった映画No.1、『ゲティ家の身代金』。
 しかしそのスキャンダルで最も我々を驚かせたのは、少年へのセクハラによる名優ケヴィン・スペイシーの引退より、本作の再撮影において助演男優のマーク・ウォールバーグが主演女優ミシェル・ウィリアムズのギャラ1500倍を要求していた事よりも何より、本作の公開一ヶ月前ギリギリにも関わらずケヴィン・スペイシーが映画の「顔」であるジョン・ポール・ゲティを演じた部分を全てクリストファー・プラマーに差し替え、再撮影を完了させてしまったリドリー・スコットの脅威の早撮り芸でした。

 そんな御歳80にも関わらず目下、1年に1回のペースで映画を撮り続けるリドリー・スコット(リドスコ)監督の最新作『ゲティ家の身代金』。
 前作『エイリアン:コヴェナント』はリドスコにとって原点回帰的作品であると同時に、監督のやりたい放題が非常に味になっている作品でした。そんな次の本作はいよいよリドスコの職人監督作品的要素が強いと思いきや、これがまた、ただの大人向けエンタメ、実話ベースの仰天ニュース的面白さを超えてリドスコの作家的素質を感じさせる作品でしたから驚きです。

 本作『ゲティ家の身代金』は、世界一の大富豪ジョン・ポール・ゲティの孫がイタリアの犯罪組織・ンドラケッタに誘拐される所から始まると、後はその孫・3世の監禁スリラー、そして何故か誘拐の身代金を一銭も払おうとしないケチなゲティと3世の母親との「身代金払ってよ」「いや払わん」バトルが繰り広げられるというものです。

 非常に印象的なのは本作が誘拐される3世のナレーション、冒頭に言い残す「ゲティ家は普通の家とは違う」というセリフでした。リドスコ作品には一貫して「初めから詰んでいるシステム(地獄)の上でサバイブする主人公」というモチーフがあります。近作では、ソマリア内戦への介入という地獄のシステムでサバイブする兵士を描く『ブラック・ホーク・ダウン』、火星という地球の法則がほとんど通用しない地獄でサバイブする『オデッセイ』、特に『プロメテウス』以後の『エイリアン』シリーズでは、人類がクリエイターという異星人によって作られたという衝撃の事実から始まり、人類は生まれた瞬間から詰んでいるシステムの上で生きなければならないという地獄が提示されています。本作における二つの内の一つ、3世の視点は、身代金を払ってくれない祖父の下で生まれたという「初めから詰んでいるシステム」を強調しているように思います。
 そして本作における3世とは別の視点は、3世の母親の視点です。ここでは同じくリドスコ作品に共通するテーマ「決闘」が浮き上がってきます。リプリーとエイリアンとの決闘を描く『エイリアン』を筆頭に、タイトルそのまま『決闘者』がリドスコの長編監督デビュー作。この『ゲティ家の身代金』における「決闘」は、言うまでもなく母親と義父にして怪物ジョン・ポール・ゲティとの決闘でした。何より、その決闘においてしなやかで賢く強いのが「女性」であるという点が、『エイリアン』、『テルマ&ルイーズ』、『G.I.ジェーン』と一貫して強い女性像を提示するリドスコ的と言えると思います。

 製作過程が途轍もなく面白い作品のため必見な事は間違いがありません。しかし、リドスコといい、スピルバーグといい、イーストウッドといい最近の超ベテラン監督の勢いの凄まじさは、一体、何なのでしょうか。