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ゲティ家の身代金(2017年製作の映画)
4.0
 汚れた石畳と歴史的建造物が立ち並ぶ印象的な街並み、1973年イタリア・ローマ、ヴェネト通り。ボヘミアンな風貌をしたジョン・ポール・ゲティ3世(チャーリー・プラマー)は好奇心だらけの笑みを浮かべながら、夜の街をふらついていた。石畳の上にピンヒールで立つ娼婦たちの挑発的な微笑みにも彼は動揺することなく、はにかんだ笑顔を見せる青年の身体は突然、真っ黒な車体の中に放り込まれる。70年代、世界初の億万長者に認定されたアメリカ人石油王ジャン・ポール・ゲティ(クリストファー・プラマー)の孫の実際に起きた身代金誘拐事件を題材にした物語は、石油王ゲティの身代金の支払いを拒否するという判断で突如暗転する。70年代、イタリアは誘拐犯罪や政治的テロが多発する「鉛の時代」と呼ばれていた。その中で起きた孫の悲劇に稀代の守銭奴とされたゲティは取り合わず、ポールの母のアビゲイル・ハリス(ミシェル・ウィリアムズ)はただただ狼狽える。ジョン・ポール・ゲティ2世(アンドリュー・バカン)の嫁として、ゲティの義理の娘になったゲイルは常々、義父の偉大さに尊敬の念を持って接していたが、お腹を痛めて生んだ息子のことが気がかりでならない。

 アメリカン・ドリームの体現者となった稀代の守銭奴の一銭たりとも支払わないという判断は、決して一時の気の迷いではなく、起業家として賢明な判断だったと言わざるを得ない。彼が恐れたのは、ポール以外の孫たちへも誘拐の危機が及ぶことであり、億万長者となった自分自身の誘拐への恐怖だった。ひたすら事業の拡大に没頭し、家庭を顧みなかった男が息子や孫に2世3世と名付けるのも異様だが、皮肉なことに偉大な父親の重圧に耐えられなかった2世はドラッグに身を窶す。果たせなかった息子との愛情と期待が彼の孫に移り変わったのはまぎれも無い事実だが、ドケチなゲティは一切の支払いを渋る。この義父vs嫁の間に割って入るのは、フレッチャー・チェイス(マーク・ウォールバーグ)に他ならない。元CIAのエリートとして知られた部下のフレッチャーに孫の救出を依頼したゲティに対し、事件は陰謀説や狂言誘拐などの疑惑を伴い、二転三転する。チンクアンタ(ロマン・デュリス)の右往左往する善悪、James Brownの『It's A Man's Man's Man's World』のイタリア・カヴァーが流れる痺れるような入金シーン、リドリー・スコット映画に通底する強く逞しい女性像、送りつけられた耳の残虐さ、取り違えられた土産物の人形、ボディッチェリの描いた聖母子像。誰よりも巨万の富を築いた男は皮肉にも財産に縛られる。
 
 結末も明快なあまりにも有名な事件ながら、リドリー・スコットの手腕はゲティ側、ゲイル側の理屈を血の通ったロジックでバランス良く配置し、まったく飽きさせない。何よりもケヴィン・スペイシーのスキャンダルをカヴァーしたクリストファー・プラマーの演技とリドリー・スコットのずば抜けた危機回避能力には、大いに敬意を評したい。