10円様

ゲティ家の身代金の10円様のレビュー・感想・評価

ゲティ家の身代金(2017年製作の映画)
3.7
内容はひとまず置いておこう。これはリドリースコットの映画監督としての、そして制作陣及び俳優のモラルとプライドをかけた映画だ。この映画を制作、公開する事自体がもはや一つの物語。それを意識して観ようとすれば、とてつもない名作である。それだけで観る価値がある。

ハーヴェイワインスタインがセクハラで起訴され映画界に激震が走った時、この映画は完成されていた。その後芋づる式にセクハラ疑惑でマスコミに取り沙汰されるセレブ達。過去何十年前の出来事ですら時事になった。このME TOO運動の中で起訴されたセレブの1人がジャンポールゲティ役のケビンスペイシーであり、当初は彼をアカデミー賞にノミネートさせるというキャンペーン活動まで行っていた。その矢先にこれである。
公開まで1ヶ月しかない…延期にするか…そのまま公開するか…という帰路に立たされた映画であったが答えは速断でどちらも「NO」
元から候補に挙がっていたクリストファープラマーを代役にし、オファーから再撮影を9日でやってみせた。もともと帰路では無かったのだ。一流の製作者陣はモラルに反すれば軌道修正し、期日も守る。ただ災難はこれだけにとどまらない。この再撮のギャラだが主演のミシェルウィリアムズは約1000ドルなのに対してマークウォールバーグは100万ドル以上もらっていた事実が判明。ME TOO運動から派生したTIME'S UP運動のうねりもあり、この賃金格差は格好の的以外のものではない。これにはリドリースコットも激怒したという。
しかしだ、この映画は不幸中の幸いというか、奇跡的にというか、もしくはさすがリドリースコットというか、この時勢に相応しい内容となっている。史実に基づくのであれば、ゲティと身代金の問答を繰り広げたのは、3世の父親ゲティJr.である。そこをあえて母親のアビゲイルに差し替えたのは大正解だっただろう。脚本を書き直すにしても時期的に無理がある。思えばリドリースコットはフェミニズム映画のパイオニアというべき監督だ。「エイリアン」「テルマ&ルイーズ」「GIジェーン」など女性不遇が今より顕著だった時代に女性の映画を成功させていて、今作もミシェルウィリアムズの強さが一際であった。強い母親をすごいタイミングで計らずも描き出した今作は奇跡の作品と呼ぶに相応しいだろう。

(調べてみたらスコット監督はフェミニズムの事など全く考えてないという。彼が描く女性とは母親をモチーフにしているらしい。少年時代は貧しい家庭だったそうで、きっと強い母親だったのだろう…そんな母親に育てられたのだから弟のトニー含めて、あんな荒々しい映画を作れるのだろう。)

そしてこの映画の制作過程を是非映画化してほしいと思うのは10円様だけではないと思う。監督はリドリースコットで、ハーヴェイ役はジェフブリッジスなんかどうだろうか。
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