鋼鉄隊長

GODZILLA 決戦機動増殖都市の鋼鉄隊長のレビュー・感想・評価

GODZILLA 決戦機動増殖都市(2018年製作の映画)
1.5
TOHOシネマズ梅田にて鑑賞。

【あらすじ】
怪獣討伐に失敗し散り散りになったハルオたち。しかし、変わり果てた地球には原住民が存在し、最後の希望「メカゴジラ」も生きていた…。

前作『怪獣惑星』には心底ガッカリしていたが、続きとなればどうしても気になってしまうのが特撮オタクの性と言うもの。期待値を下げて行ったためか、思っていたよりは面白かった。
まず音楽が良い。メカゴジラ計画を再開?する際に流れるテクノ調のBGMは、少し不気味ながらも近未来的で盛り上がる。さらに、人物描写も改善されている。前作では状況説明に時間を使いすぎて無個性のままだったキャラが多くいたが、今回では立場が明確に描かれている。合理主義で感情論を一切認めないビルサルドや、感情による心の葛藤を良しとする宗教的な考えを持つエクシフ。そしてそれに救いを求める人類など、異種族間での価値観の違いを丁寧に描写している。特に今回初登場の地球の民フツア族は素晴らしい。数多の怪獣映画に登場する原住民(例えば『キングコング対ゴジラ』(1962)のファロ島民)のように怪獣を畏敬の対象としながらも、時には果敢に戦闘を挑む。自分たちを生態系の真ん中に位置付け、怪獣世界に上手く順応しているのだ。そして彼らとの交流により、私怨の塊だったハルオにも変化が。「怪獣を倒せばそれで良いのか?」との疑問を抱くことで、物語により深みが生まれた。今回はハードSF路線に近づいたと言えるだろう。

だがしかし、ちょっと待て。理屈っぽいSFアニメも好きだが、それは他所でやってくれ。僕はゴジラが、血湧き肉躍る怪獣プロレスが観たいんだ!! ゴジラ映画にエンタメ性を求めるのは間違っているのか? 題名に「決戦」と入っているのに、何故ダラダラと会話劇を見せられないといけないのか。さっさとメカゴジラを出せよ! しかもいざ出たと思ったら何だアレは? 凝りすぎてわけがわからなくなった現代アートみたいなメカゴジラなんぞ誰も望んでいない。リベットが打たれた銀色の肌に薄い虹色が重ね塗りされたスチームパンクな初代メカゴジラや、丸みを帯びて近未来的になったアール・デコ風な平成メカゴジラ。機械らしさを出しながらも動物的な姿をしたゾイドのような3式機龍。かつてのメカゴジラたちはどれも個性的で美しかった。出オチのインパクトでどうにかなるような話では無い。新型パワードスーツ「ヴァルチャー」に注いだ情熱を少しは分けてくれ。
そもそも前作から不満があった。アニメの良さが怪獣映画に活かされていないのだ。実は着ぐるみ特撮は派手な手足の動きが出来ないので、怪獣プロレスを十分に見せられない。そこで最近の怪獣映画では、細かな動きが見せられるCGが多用されている。今回のアニメ企画は後者のパターン「CG特撮」の流れを汲んでいる。しかしながら今までの2作品での怪獣は、動きが無い。表情も無い。歩いてるのかどうかも伝わり難いデカイ岩の塊のようだ。今回でやっと目玉のクローズアップ・ショットが挿入されるが、画が引いたらボヤけて表情が潰れてしまう。そのせいで優しいお爺ちゃんみたいな顔になっている。セルヴァムに至っては目が赤いマーブルチョコみたいだ。その上、下から見上げる見せ方がほとんど使われていない。大概が怪獣を俯瞰して映している。それでは大きさが伝わらないではないか!! 下から映せ!下から!比較のために建物も配置しろ!
ここの製作陣は怪獣映画と言うものをよく理解していないのではないだろうか。SFが撮りたいなら好きにすればいいが、何故ゴジラシリーズ30作目の記念すべき時期にこんなシリーズを始めたのか。この恨み晴らさでおくべきか。3作目もこの調子なら、全国の怪獣・特撮オタクのマイナスエネルギーで白目の怨念大怪獣ぐらい出現させるだろう。その時はこう叫ぶことだろう。「ゴジラちゅうのは、こう言うことを言うんじゃぁぁぁ!!!」