龍じん

プーと大人になった僕の龍じんのレビュー・感想・評価

プーと大人になった僕(2018年製作の映画)
3.3
仕事帰り重い体を引き摺りつつ映画館のドアをくぐる。そもそも夜の22:00に映画を観始めるコト自体間違ってる気もするが、イヤ疲れきった今日こそ『くまのプーさん』なのだ。
ウム正解。忙しい毎日を繰り返すことに倦んでしまった現代人こそ観るべき作品。疲弊した脳に入り込んでくるゆるゆるとしたプーワールドが心と身体にジワります。

「ぼく、もう何もしないでなんか、いられなくなっちゃったんだ。」
子供の頃ミルンの原作『くまのプーさん(プー横丁にたった家)』最終章を読んだ時、クリストファー・ロビンのこの台詞の意味が分かりませんでした。勉強に学校に忙しくなったからと言って友達を切り捨てる彼の気持ちが全く理解できなかったのです。
後年プーや仲間達100エーカーの森といった存在自体実はクリストファー・ロビンの、何も義務も拘束も無い少年時代という自由な時代そのものを象徴しており、それらとの決別が現実世界の彼の幼年期の終わりを指し示していると分析しましたが、モヤモヤとした気持ちは残りました。

成長と共に彼等との思い出は記憶の片隅に追いやり、日々の仕事・雑事に追われ、何もしない等ということは許されくなっていくクリスファー・ロビン。
以前と変わらないプーのマイペースぶりに苛つき、冷たい返答に終始してしまうクリスファー・ロビン。
観ていてプーにイライラする自分自身にハッとしました。
恐らくは変わってしまったのは自分の方だということに気が付いてすらいない。大切なもの大事なことを忘れてしまった彼の姿は大人になった今の私自信の姿を見る様で胸に刺さります。

森の仲間を探してのプーとクリストファー・ロビンの冒険は、少年時代(クラシック・プーやディズニー・プー)の数々のエピソードを改めて追体験する様に描かれており、徐々に彼は歳を重ねる毎に失っていった大切なモノを取り戻していきます。
特に原作でも度々重要な役割を果たす「赤い風船」は本作でもキーアイテムです。
「仕事って僕の赤い風船より大事なことなの?」
プーのこの質問はクリストファー・ロビンにとっての宝物は何なのかを暗に問いただしている様に感じます。プーにとって赤い風船が宝物である様に、クリストファー・ロビンにとって大切なものは家族であることに気付き彼はようやく走り出します。そして娘マデリンも赤い風船を通して父親の愛情を知るのです。

ついぞ続いたプーとクリストファー・ロビンの噛み合わなかった会話も、最後の「プーのおばかさん」に感涙。魔法の丘で寄り添い合う後ろ姿にかつての二人が重なります。
「何もしないは最高の何かに繋がる」
人はいつまでも同じではいられません。成長と共に何かを捨て何かを新たに手にしていく生き物です。赤い風船よりも仕事の方が大切なのはやっぱり当たり前です。
ただ一番大事なコトを振り返る「何もしない」時間がたまにはあっていい。
こころ疲れ、道に迷ってる人に、そんな「ゆとり」を思い出したい時、観てもらいたい作品ですね。


最後に原作『くまのプーさん』最終章より特に好きなシーンから抜粋。

「プー、きみ、朝おきたときにね、まず第一に、どんなこと、かんがえる?」
「けさのごはんは、なににしよ?ってことだな。」
「コブタ(ピグレット)、きみは、どんなこと?」
「ぼくはね、きょうは、どんなすばらしいことがあるかな、ってことだよ。」
「つまり、おんなじことだね。」

変わらない事が幸せ。
友人と夕日に向かって家路につくのも幸せ。
今日は何もしないで明日から頑張ろう。

追記
おっと劇場を出てギリギリ間に合う電車が最終だ。今だけは走ろうw
龍じん

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