わたふぁ

ジェリー・サインフェルド:コメディアンのわたふぁのレビュー・感想・評価

5.0
2012年から4シーズン続く「ヴィンテージカーでコーヒーを」は、ホストのジェリー・サインフェルド(現在63歳)が、毎回、数千万円するような車に乗って颯爽と現れ、自分の好きなコメディアンをゲストに呼び、NYCやLAの個人経営っぽい洒落たダイナーに入り、実に美味しそうなコーヒーを飲みながら小粋なジョークの往来を楽しむトーク番組。
あまりにも見事な“大人の休日”を過ごしているので嫉妬の念にかられるが(“世界で最も稼ぐコメディアン”ランキングで10年連続首位だし)、今の彼だけを見て羨ましがるのはお門違いだ。

今作は、人気テレビシリーズ「となりのサインフェルド」で大成功を納めた後、原点であるスタンダップの舞台に舞い戻った16年前のこと。47歳の頃の奮闘ドキュメンタリー。

ステージに立つと一口に言っても、お昼と夕方と深夜で客層は違うし、月曜日と土曜日でも違う。ニューヨークでもラスベガスでもニュージャージーでも、雨の日でも風の日でも晴れの日でもまたきっと違う。
とにかくどんなシチュエーションも選り好みせず舞台に立って、立って、立ちまくって、己の芸をブラッシュアップさせていく。
その道のりは怖いことだらけだろうと思う。でもサインフェルドは「怖いから立つんだ」と己を奮い立たせていた。一度あきらめれば次がもっと怖くなって、もう二度と立てなくなる。そんな感じだった。

演者と観客の真ん中にあるのは、なんとも平和な“笑い”というものなのに、コメディアンたちの姿は死闘を繰り広げるボクサーそのものだった。

しかし、同じ舞台に立っていても、戦いの相手を履き違えると大変らしい。サインフェルドと対比するように29歳の若手オーニー・アダムスというコメディアンが登場する。彼は戦いの相手を“己”ではなく“お客”と捉え、敵視してるようだった。

勝つべきものは観客ではなく、隣のライバルでもなく、常に“弱き自分”なのだが、もしそこに勝ち負けがあるとするなら、その会場の雰囲気を楽しめなかった人の「負け」なのだと思う。演者がくつろいで初めて観客もくつろげるのだろうし、ファイトポーズをとれば相手もファイトポーズをとるだろう。

お客はただ笑う為に来ているのであって、ステージにいる人の葛藤や苦悩や夢や希望なんてものは、全くもってどうでもいい。
スポットライトを浴びている最中に、スポットライトの眩しさに感動している場合ではないのだ。

わたしは芸人でも何でもないが、舞台の上と下は関係なく、人に可愛がられる人間とそうでない人間の違いを少し、このドキュメンタリーから学ばせてもらった気がする。