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暁に祈れのSyoCINEMAのレビュー・感想・評価

暁に祈れ(2017年製作の映画)
4.2
「心を着火させる劇薬、いや爆発物映画!」
~「暁に祈れ」のココが面白い!!~

今回は、12月8日に公開される「暁に祈れ」をご紹介。
邦題とポスターがカッコいい1本だけど、作品は超ヘビー級。うっかり観ると即KOされるような凶暴な作品だ。
僕が考える本作の見どころ・面白ポイントはこんな感じ!

【設定】タイの実在の刑務所に英国人ボクサーが入所!? 
    起こること全部“実話”!!

【撮影】本当の刑務所で撮影&元囚人を起用! 
    リアルへのこだわりがマジでガチ

【演出】劇中の半分くらい字幕ナシ!? 
   「言ってることが分からない」が超怖い

【効能】どん底からの成り上がりがイイ! 
    スパイシーな復活物語が滋養強壮効果抜群

<あらすじ>
この作品は、“生き地獄”と呼ばれた実在のタイの刑務所に服役した英国人ボクサーの回顧録(ベストセラーになったそう!)の映画化。
ボクサーのビリー・ムーアは、タイで麻薬中毒になってしまう。その矢先、警察に逮捕された彼は、言葉もほとんど分からぬまま悪党どもの巣食う刑務所に収監されてしまった……彼はこの地獄を生き抜けるのか?


面白ポイント①:【設定】
タイの実在の刑務所に英国人ボクサーが入所!? 
起こること全部“実話”!!

まず、「気になる!」と思うのはなんといってもこの設定だろう。「設定」というと創作感が出てしまうが、これはれっきとした実話。僕たちが普通に生きていたら絶対に足を踏み入れられない場所を体感できる一種のツアー的な作品として、楽しめる。

やっぱり気になるのは、「実際どんなところ?」という点。
ここが、かなり強烈だ。ビリーが連れて行かれたのは、ただの部屋。そこに囚人たちが壁に頭をつけて雑魚寝するのだけれど、囚人たちが多くてぎゅうぎゅう状態で寝ないといけない。しかも当然、それだけじゃない。ビリーは初日から目を背けたくなるような洗礼を受けてしまう。

この部分、ぜひ劇場で驚いてほしいからこれ以上は書かないが、かなりエグい事件が勃発するのでご覚悟を。最初の15分で、この作品がただものじゃないということがビンビン伝わってくる。購買部があったり、ジムがあったり、ボクシングチーム専用の房があったりと、ハリウッド映画でよく目にする刑務所の仕組みとは大分違っていて、そこも興味深い。

全体的に度肝を抜かれるのは、ざらついてジメジメとした質感だ。刑務所の黒々とした壁、絶望を助長する金網や鉄格子、建物自体が1つの生き物のように描かれていて、得体の知れない重苦しさが充満している。それによって、実際に自分たちがその空間にいるような気持ちに錯覚させられるのだ。その辺りの没入へと引き込むうまさも、たっぷり観てほしい部分の1つ。


面白ポイント②:【撮影】
本当の刑務所で撮影&元囚人を起用! 
リアルへのこだわりがマジでガチ

今ちょっと書いた建物が持つ存在感だが、それも当然。この映画は、ガチの刑務所で撮影されているのだ。怨念とか血痕とか糞尿とか、いろんなものが染み込んでいるに違いないその建物を観ているだけで、ブルってしまう。
僕なんかは「絶対ここには行きたくない」と思ったし、「もし入ったら初日にいびり殺される」とも思った。それくらい、この映画の舞台はなんというか精神的にきつい。そういった意味では、一種の建物系ホラーに近いかもしれない。実際にその場所があるという事実がおぞましさを加速させるし、この中で生き抜くってどれくらいのことだよ!?とビリーが置かれた絶望的な状況も「分かってしまう」。

そう、この映画の素晴らしいところは、説明がほぼ一切ないのにドキュメンタリーよりもビビッドに観客が「肌で理解してしまう」部分にあると思う。そういった効果を呼び起こすための仕掛けが無限に施されていて、実際の刑務所で撮影したのもそうだし、出演者もメインどころ以外は全員「元・囚人」。
予告編なんかを観てもらうと分かるのだけれど、全身タトゥーの男たちがひしめく異様な空間で、そのタトゥーはモノホン。彼らが画面にいることで、たとえアップにならなくとも空間に異常な緊張感が走る。ジョジョ風に言うと「凄みがある!」のだ。「これ……映画だよね?」と聞き返したくなるほどの緊張感と本物感、これも他の映画ではお目にかかれないポイントなのでぜひ注目してほしい。


面白ポイント③:【演出】
劇中の半分くらい字幕ナシ!? 
「言ってることが分からない」が超怖い

そしてそう、個人的に「うまいなー!」とうならされたのが、主人公の周りにいる囚人のセリフを訳していないところ。これが、想像以上に恐ろしい。
例えば、先ほども挙げた冒頭の「事件」のシーン、彼らが目を血走らせて発する言葉がビリーにも、僕らにも分からない。ただ、逆らったら殺されることだけは分かる。このサバイバル感がすさまじい。

別のシーンでは、囚人が持っていたガラス瓶を叩き割り、ギザギザになった部分を突きつけて威嚇する。ここも当然、何を言ってるか分からない。そういった「あえて省く」演出を施すことによって、観客の心理はよりビリーに近づき、没入感がぐんぐんと高まっていく。何をしたら逆鱗に触れるのか、何をしたら生き延びられるのか、その辺りの細かいニュアンスが全く分からないから怖くてしょうがない。まだ、野生の動物を相手にしている方が楽だ。

考えてみれば、いろんな刑務所映画は観てきたけれど、言葉が通じない恐ろしさを描いた作品というのはほぼなかったように思う。そもそも、言葉が通じない国で逮捕されるという事態がレアケースなのだけれど、なるほどこれは盲点だった。

例えば、海外旅行中か何かに路地を歩いていて、「今ここで恐喝されたらどうしよう」なんて恐怖に震えるときは誰しもあると思うのだけれど、それが刑務所の中だったら?と考えると何十倍も、何百倍も怖いと思わないだろうか。逃げられないのだから。この映画で描かれているのは、そういうことなのだ。超怖い……。


面白ポイント④:【効能】
どん底からの成り上がりが痛気持ちいい! 
スパイシーな復活劇が滋養強壮効果抜群

だが、本作の真の面白みはそこにとどまらない。むしろ、今まで挙げたのはすべて下地であり、この映画が持つ本当のテーマを際立たせるための仕込みだ。

この映画が本当に描きたかったこと。それは、ストレートな“復活劇”だ。ビリーがどのようにしてこの地獄を生き抜くのか? どうやって覇者となるのか? どんな試練をどう乗り越えて、ジャンキー状態から「檻の中のボクサー」へと変貌を遂げるのか? この過程を追体験することで、観ている僕らの心の中に予想もしていなかった不思議な高揚感が生まれてくる。

それは炎のようにパチパチと爆ぜ、心をカッカと熱くさせる。そう、僕たちは「期待」してしまうのだ。人はどこからだって這い上がれるってことを、コイツが証明してくれることを。
この映画で描かれるのは、本当のどん底。並の人間であったら、いや大抵の人間が、そこに送られた時点で戦意喪失し、一瞬にして他の囚人の餌食となってしまうだろう。だからこそ、不屈の精神を観客は求める。ヒーローみたいに他人のことなんて考えなくていい。究極に自分本位でいい。その代わり、このとんでもない逆境を跳ね飛ばしてくれよ。

主人公はあくまで媒介として「自分だったらどうするだろう」と思っていたはずが、気づくと好感度0の男に思いを傾けている。このグラデーションが、最高に気持ちいい。

新鋭俳優ジョー・コールが、全身全霊以上の演技で見せた自堕落で不屈のキャラクターを、いつしかあなたは同情し、好きになり、応援してしまうはずだ。そしてその瞬間、カチリと全ての仕掛けがハマり、本作は異端のスポーツ映画へと変貌を遂げる。

どん底まで落ちたボクサーがすがったのは、やはりボクシングだった。
目の前の相手に勝て。弱くちっぽけな己に克て。
彼がたどった道そのものは、僕らが経験することはないものだ。
でも、彼がたどった復活と成長のプロセス、その心の旅路は僕らにも痛いほど分かる。突き刺さる。
閉塞感漂う日常に強烈なカンフル剤をぶち込む、悩み立ち止まる人々にこそふさわしい1本。闘ってこそ、生の実感を得られるのだ。