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暁に祈れのdm10foreverのレビュー・感想・評価

暁に祈れ(2017年製作の映画)
3.8
【距離感】

すごく「ヒリヒリする」映画。
出だしからムエタイの試合シーンが始まるけど、とにかく一撃一撃が生々しい。
過剰なSEを加えずに「ビシッ!」「バチッ!」という鈍い打撃音が響く。
打撃を受けるたびに白人の主人公の肌が見る見る赤くなっていく。
何故こんなに生々しく感じるんだろうか?と考えた・・・。
割と序盤から思っていたがこの作品は接写が多い。主人公のビリーをメインに、人物の肌の質感が分かるくらいに近づいたショットが多いのがとても印象に残る。

きっとPOVとまではいかないけど、それに近い感じを出したかったんじゃないかな。
つまり「構成」ではなく「撮影方法」で『限りなくビリー本人主観で見える世界』を表現しようとしたのではないかと。

そして、それは「言葉」でも感じた。
実際に本国で公開されたときにどういう扱いだったのかは分からないけど、少なくとも日本公開では殆どのタイ語に対して「訳」がつかない。
意図的に大切な台詞(ワードとして)にはつけていたけど、刑務所内の混沌とした中での言葉にはあえて訳をつけず「ビリーが迷い込んだ究極の地獄」の表現にピッタリに感じた。

物語の導入部分はほんとに手短。タイで自堕落な生活を送っていた薬中ビリーは、あっという間に警察に捕まって監獄にぶち込まれる。ここまではホントにサクサクと進む。
ま、物語の中心はそこじゃないってことだろうけど。

ただ「腐ってもボクサー」のビリーが地獄でどうやって生き抜くのかなというところを期待していたので、序盤は悶々とする。
まあそれだけ囚人達が凶悪だってのもあるけどね。「お前、仕事は何だ?」と聞かれ「ボクサーだ」とビリーが返しても、誰一人ビビらなかったしね。なんなら笑ってたよ。
それは犯罪者の集団というよりも、一人ひとりが腰の入った本物のワルの集まりだという事でもあったと思う。
だからこそ、ビリーもあえて目立つようなことはしなかったし、騒ぎも起こさなかった。
それにしても全身タトゥがあれだけいると、もはや人間の集まりに見えないから不思議だ。仮面ライダーの怪人が集まってきたのかな?ってくらい。

「現地の言葉が理解できない」という状況は最後まで続く。
しかし、言葉が上手く伝わらないからこそビリーの置かれている状況の過酷さがわかるのと同時に、積極的にコミュニケーションを取りにいけば分かってもらえることもあるという、ある種の「サバイバル術」にも繋がっていた。

なんにせよ、監守ですら汚職やリンチも厭わない連中の集まりなので、正直言ってビリーの置かれている環境に救いはほぼない。唯一、彼が全てを忘れて没頭できるのがムエタイだったが、既に昔のボクシングの後遺症や酒、薬の影響で彼の体はボロボロ。
まともに試合なんか出来るわけがないんだけど、ビリーは試合に挑む・・・。

実は根本的な部分としてね。
この映画のスタンスとして「実話」なのは折込済みなんだけど、あまりにビリーにフォーカスを当て過ぎたために、彼の周りで何が起きているのか、何故彼がここまで試合に拘ったのか、そもそも彼が逮捕される前のあの自堕落な生活は何がどうなってそうなったのか?等々があまり見えてこない。画面のインパクトが強い分、物語の奥行きまで見えてこなかったのが残念。
なので、最後に行なった「命を懸けてまで拘った試合の重み」がイマイチ入ってこないのだ。何故ならそれまで一度も対外試合を行なっていないから。だからこの試合がいきなり「人生のベストマッチ」みたいになっちゃうの?とテンションがついていかない部分もあり(でもムエタイの試合前にやるお祈りをちゃんとやってるのを見て「モリマンVS山崎」のオープニングを思い出しちゃったよ)。

あと、「家族はいない」というウソの前振りから「実はあれウソなんだ。父も弟もいる。ここ(刑務所)にいることを知らないんだ」と打ち明けているにもかかわらず、お父さんから手紙が届く。内容は明かされなかったけど、それ以前に「何でわかったの?」というところも明かされず、ストーリー的にも重きが置かれず・・・お父さんとの確執からタイでの一人暮らしに繋がったみたいな感じ?

ただ、映像的には中々攻めてます。東南アジア圏特有の混沌とした感じは刑務所内でも随所に発揮され、自分なら5分も生きていられないと思ってしまうほどの劣悪環境。
その中で諦めずに自分の生きる道を見つけたビリーってとこなのかな。

評価は難しい映画だけど嫌いじゃない。だけどもうちょっと起伏が分かりやすくてもよかったかもと言うところかな。
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