叶愛

千と千尋の神隠しの叶愛のレビュー・感想・評価

千と千尋の神隠し(2001年製作の映画)
5.0
レビューを書きながら泣いたのは初でびっくりしている。


この作品を、公開当時、いやまだ映画館に連れて行ってもらえる程お利口さんじゃなかった、言い換え初見時、やっとこさテレビで長時間映像を見ることに喜びを見出し出す幼稚園、それから着々と豚シーンクリアおめでとう小学生、話の内容うっわこれか中学生、いやあ相変わらず素晴らしいわ高校生、そしてこの映画こんな短かったっけ大学生、年月を重ね大人になりそのうちいつか子供を産んで、作中で豚になる両親と同じ気持ちを味わい、まだまだ人生は続くぞとばかりの葛藤に悩みさびしいぃさびしいぃぃいカオナシに一番の共感を得、最終的に銭婆のような穏やかすぎる包容力&心持ちを手に入れこの映画を見るのか。分からない先のことは分かれない、けど、だけども。

見る時々の感想を全く色の違うものに出来る。本作と、その都度抱く感想らと並行して生きていける幸せに自分は、間違いなく、いる。いられている。私と近い年齢で千と千尋が大好きな諸君、「千と千尋子供の頃見た時はわかんなかったけど…」って思ったことある所謂この映画の話の内容を、分からない子供の頃があったからこそ理解できた感動を知る諸君。幸せものだと思う。本当に幸せに違いないと思う。これを作った人々は当時、私たちの感動を同じ形で味わえぬ既に大人という生き物だったのだ。

新作をやっぱり頑張って今も作っちゃってる宮崎監督は、風立ちぬでの引退宣言時、「子供たちに、この世は生きるに値するんだと伝えるのが我々の作品を作る義務」だと言っていた。尊すぎて涙が出る。宮崎監督、伝わっています。子供時代これを見ながらほえーっとなっていた自分はずんずんと世の中の大人目前の現在になって、意味がやっと分かった。千と千尋は、素晴らしかった。そしてその素晴らしさを心の底から分かることができたのは、大学生でも、高校生でも、中学生でもなく、まだ親が豚になるのを心底怖がり、有名な川のヌシ綱引き会場の場面で心臓を爆発させ、六番目の駅に向かう電車のシーンに分からないけどでも何かこれは真剣に見るべきで笑っちゃいけないんだと感じ取り、久石譲の傑作曲ふたたびをタイトルが分からず鼻歌だけで数年記憶に留め、やっと見つけ出す喜びをまだ知らずにいた、そう、映画を、見るんじゃなく、〝体験〟していた子供の頃だった。
自分を褒められることに100パーセントの純粋な喜びを感じ、好きになった1つの世界を、世界の全てだと感じることができていた子供時代だけに、感じることができるこの映画の感動があった。
そしてそれが分かるのは、素晴らしい作曲家は久石譲だけではなく、良い映画監督は宮崎駿だけではなく、世の中にある良いものとは実は、本当は自分の手に負えない程存在するのだと、そして、人生の中で出会えるものはそのうちの幾らかしかないのだと察する、理解し始める大人になりかけてからだった。

宮崎監督がこの映画を作った当時に、この世は生きるに値する、と、伝えたい、と心で思っていた相手、そのまさに、相手が、私の子供時代だったと思うだけで涙が出る。分かることがようやくできてきて、泣ける。


ただの制作陣へのラブレターになってしまった。まだ目がうるうるしている。完全なる主観、何の得にもならないレビューをごめんなさい。でも本当、大好き。

ジブリが映画人生の原点であるし、当時の、感動という概念すらない頃の、胸の高鳴り、ときめきは一生涯の宝物だ。宮崎駿ありがとう。


「一度あったことは忘れないものさ。思い出せないだけで」



制作陣の為に大湯百回掃除したい。