ペジオ

スパイダーマン:スパイダーバースのペジオのレビュー・感想・評価

4.5
絵じゃん…そう、絵だからこそ絵になるのだ

そう言えば、スパイダーマンって口も眉も無いから、感情の表現を「眼の部分の拡張具合」に頼らざるを得ないのね(スーツだから現実には動く筈の無い部分。)
そしてそこに黒目は無いから、視線の方向は「顔の向き」を「大袈裟に動かして」表現する
当たり前と言えば当たり前の事だったのだけれど、ものすごく「アニメ向き」のキャラクターだったのだねと改めて気づいたり

まずは「レディ・プレイヤー1」とか「シュガー・ラッシュ」とかの「異なる世界観のごった煮」映画としては、極端に「タッチ」の違うキャラクターが混在していながら実在感のある世界というのが個人的にはたまらない(「スパイダーマン3」の悪名高き「Emo Peter Parker」の引用なんて「実写」すら混在させてしまっている様でちょっと感動した。供養にもなったろう。)
だからこそ、飛び道具組3人(ノワール、ペニー、ハム)をもっとメインに絡ませて欲しかった思いは無きにしも非ず
それでも「キメ絵」がそのまま動いているかの様な…つまり「質」と「量」を兼ね備えた圧倒的な「絵」の力とセンスにはひたすら興奮&快感だった(いやマジでどこで一時停止してもキマってるのよ。)

もはや「スパイダーマン映画」という「ジャンル」が有るかの如く、繰り返される「オリジン」(「もう一度だけ説明しよう」が過去作品を踏まえた台詞であるし、マルチバースの説明にもなってるし、天丼的なギャグにもなってるし…と脚本はとにかくピースの使い方一つ一つが巧い。)
穿った見方をすれば、どう足掻いてもこの「お約束」からは…「マルチバースの意思」からは逃れられないのだという…まるで「ギリシャ悲劇」の様な趣すらあった
「大いなる責任」の呪いに絡め取られる者の孤独を救えるのは、同じ「大いなる責任」を抱えた者しかいないという作劇の「大いなる力業」によるヒーロー救済に感動する