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15時17分、パリ行きのマーチのレビュー・感想・評価

15時17分、パリ行き(2018年製作の映画)
3.4

【レビュー】

《起こるべくして起こった奇跡》

『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』と直近2作で“現実のヒーロー”をドラマチックに描き出してきたクリント・イーストウッド監督最新作は、2015年8月21日に発生したタリス銃乱射事件をもとにしたテロ映画……ではない?!

勿論テロを題材として扱った作品であることは間違いないが、作中で描かれているのはそのテロを起こした犯人に対して勇敢に立ち向かった3人の若者の物語。さながら青春映画のようでもある。

事件そのものをじっくり掘り下げるのではなく、現実のヒーローたちの姿に焦点を当てる。それは直近2作にも描かれているところであり、この作品で最もその様が色濃く反映されていることから、イーストウッドがこの出来事を映画として手掛けたこと自体も“運命”だったのではないかと思わされる。

「まあ、よくあるテロ映画の始まり方ですよね」と思っていたら、時制はいきなり若者3人の子ども時代へと飛ぶ。そして、その後は彼ら3人の出会いから事件に至るまでの日々を現在(事件時)時制を織り交ぜながら永遠と描いているのだから驚く。

事件まで本当にたどり着くのか不安になるほど「個性の強い少年時代」や「軍人になりたいボーイ」や「再会の旅行」が映画全体の3分の2を使って描かれており、さすがに退屈に感じる箇所がいくつかあったものの、本格的に事件のシーンが始まってからは瞬きも忘れるほどスクリーンから目が離せなかった。

あまりに恐ろしいテロの現実、一切躊躇することなくそれに勇敢に立ち向かう若者3人の姿は、前半から中盤にかけて彼らの絆や周りに合わせることが出来ず先生からも投薬を勧められるほど燻っていた過去がしっかりと描かれていたからこそ一種の「報い」の様に感じられ、心が震えて涙が止まらなかった…ラスト20分くらいがほんと圧巻で、最後の方はずっと泣いてたかも。笑

ある意味不要であるはずの部分にランタイムを割き、どれだけ不遇な日々を過ごしていたとしても、目の前に置かれた立ち向かうべき状況で一歩踏み出す勇気と、来るべくして来た運命の後押しがあれば“普通の人”でも輝く存在になる。寧ろ、それこそが正真正銘の「ヒーロー」である。とでも言いたげなイーストウッドの描き方に、やはりこの監督はとんでもないなと再び思わされました。

個人的には「運命付けられた若者たちの物語」であることを態々説明するかの様な煽りを含むセリフが2回程あったのが気になりました。「観れば分かるのに説明する必要あるのかな…」と。かなり忠実に再現されている作品なので本当に彼らが言っていたのなら文句無いのですが、あまりにも出来過ぎた話に感じられてしまうので不要だったなと思いました。
また、これ以上に良い描き方が考えつかないのでいいんですけど、時制シャッフルがあるので気持ちが上がったり下がったりして大変でした。やっぱり旅行のシーンとか「そんなの見せられても…」と正直思ってしまったし。

実際の人物を起用するだけでなく、車両や警官まで同じ人や物を選ぶという徹底したこだわりが生み出すリアリティや、本物の3人が演じているからこそ伝わってくる彼らの間の絶妙な空気感やノリだったりは、俳優には絶対に醸し出せないものですし、重傷を負った被害者の方や事件に居合わせた人たちがトラウマを押し殺してまで忠実に事件を再現するという前代未聞の試みは、テロに屈しない「人間の強さ」を世界に示す本当に素晴らしい瞬間でした。そこには演技の技術云々による理屈は全く通用しないなと思わされましたし、一箇所を除いては演技で引っかかる様なことはありませんでした。(その一箇所は、冒頭の仲間紹介のくだりです。安っぽい自主映画の様に思えてしまい、そこだけが気にかかってしまいました。あれは事件とは関係ない演技的な下手さが垣間見えたところだったので…)

まるでドキュメンタリーや再現ドラマの様な作り込み方と、スリリングなラスト20分、本人たちを起用しているからこそナチュラルに流れ込んでいける実録映像の部分など、不思議な感覚に囚われる実話映画の新しい描き方が、この作品にはありました。


【p.s.】
役者じゃないからエチュードとかしてなくて脚本通りなんでしょうけど、イーストウッド映画で若者言葉が頻繁に出てきたのには驚きました…イーストウッド分かってんのかな〜「インスタ」とか「セルフィー」とか。笑

あとイマジン・ドラゴンズの「ビリーヴァー」がまさしく軍人ビリーヴァーなタイミングでインスト曲として流れていたのが面白かったですね〜、「イーストウッドはイマジン・ドラゴンズ知ってんのか?」と思ってしまいましたけど。笑

ラスト20分くらいは心を乱される衝撃的な内容だったのですが、それ以外の部分は個人的にそこまでがっつりハマることはありませんでした。アメリカの大手批評サイトで酷評されているのはそういう部分なのかも…
何にしてもクリント・イーストウッド監督には今後も新作を撮り続けて欲しいですね。


【映画情報】
上映時間:94分
2018年/アメリカ🇺🇸
監督:クリント・イーストウッド
脚本:ドロシー・ブライスカル
出演:スペンサー・ストーン
アンソニー・サドラー
アレック・スカトロス
ジュディ・グリア
ジェナ・フィッシャー 他
概要:2015年にヨーロッパで起こった無差
別テロ「タリス銃乱射事件」で現場
に居合わせ、犯人を取り押さえた3人
の若者を主役に、事件に至るまでの
彼らの半生を、プロの俳優ではなく
本人たちを主演に起用して描いた実
話作品。
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