キウイ

ナショナル・シアター・ライヴ 2018 「イェルマ」のキウイのネタバレレビュー・内容・結末

3.5

このレビューはネタバレを含みます

物語はとてもシンプル。
妊娠・出産ができれば幸福が訪れると思い込んでしまった女が、不妊という現実を受け止める術を見出せず、周囲を巻き込みながら自分自身を絶望のどん底に追い落としていく。

原作戯曲で描かれた「村社会」を、現代のインターネット空間に置き換える発想が面白い。主人公の女は自身の辛く苦しい「妊活」の詳細をブログに綴ることでそれなりの共感なり評価を得る。しかし徐々に、ブログに描かれる切り取られた自分と、現実を生きる多面的な自分との区別がつかなくなり、女は極端にネガティブな方向に偏った人物へと姿を変えていく。

インターネット空間は悪意で満たされやすい。実生活では吐露することをためらうようなネガティブな感情でも簡単に垂れ流すことができるし、それによって称賛さえされてしまうからだ。
女はネガティブな感情を不特定多数の人間に承認されることでどす黒い満足感を得て、歪んだ自己承認欲求をますます増幅させ、大切なはずの人たちとの愛情のやりとりなど、彼女にあるはずのポジティブな部分を完全に見失っていく。男女限らず、現代において数多く起こっていることだと思う。

私は女性だが、妊娠・出産を自己承認欲求を満たすための道具のように考えている主人公にはまったく共感できない。夫・ジョンが劇中で語るように、そこまでして子どもがほしいのなら養子縁組ではなぜいけないのかと疑問に思った。主人公が母から望んだ愛情を得られなかったことを思わせる描写があったが、私はむしろ、子どもを持ったことに対する戸惑いを正直に認め、どこか飄々としている母親に対しては好感を持ってしまった。
だけど、私も妊娠に限らずほかのことで似た状況に陥る危険はあり、この悲劇はまったく他人事ではない。とても普遍的なテーマを扱った作品だと思う。

好きか嫌いかでいえば正直好きではないけれど、舞台転換など含めて素晴らしくよく練られた作品で見応えがあった。
キウイ

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