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人魚の眠る家のkomoのレビュー・感想・評価

人魚の眠る家(2018年製作の映画)
4.5
薫子(篠原涼子)と和昌(西島秀俊)は離婚を目前にした別居中の夫婦。
そんな折に娘の瑞穂がプールで溺れ、命は助かったものの一生眠り続ける体となってしまう。
脳死を宣告された患者の家族に選択肢は二つしかない。意識が戻ることはないと分かっていて生き長らえさせるか、健康な体を臓器移植のドナーとして提供するか。
薫子は瑞穂にはまだ命があると信じ、自宅で看護する道を選択した。
IT機器を扱う会社を経営している和昌は、社内の研究員・星野(坂口健太郎)の技術を借り、最先端の機器で瑞穂の手足を自ら動かさせることに成功するが…。

原作者の東野圭吾先生ご自身が「このテーマを自分が書いて良いものか悩んだ」とおっしゃっているように、どんな作家や賢人でも答えを出せないような重いテーマのお話でした。
どの登場人物も、悪いことは一切していない。それなのにそれぞれの道徳がぶつかり合っては互いを傷つけ、家族に深い溝が生まれてゆきます。
そもそも道徳や倫理感には決まった定義というものがなく、対象や状況によってその捉え方はいくらでも姿を変えるものなのだ、と学ばされました。

星野が開発した機器で瑞穂の手足が動くのを見て、心から幸せそうな顔をする薫子。
当初はそれを共に喜んでいたものの、やがて科学が人間の命に干渉することへの懐疑が生まれ、薫子や星野を責めるようになってしまう和昌。
星野の研究は『身体を動かせなくなった人に、人としての尊厳を持ち続けてもらうこと』を目標として掲げていて、志そのものは真摯で美しいものです。しかし使いようによっては、むしろ人間の尊厳を奪うものにも成り得てしまいます。
中盤から、星野のこの研究の成果は不気味さを伴う映像で描写されていますが、こういった技術が人間にとって善であるか悪であるかという完全な線引きをするのは、この映画の家族のケースを見ただけでは難しいと思いました。

その他の人物には、学校でのいじめを苦にして友達に悲しい嘘をついてしまう瑞穂の弟。
瑞穂の事故に責任を感じて、異常性を増してゆく薫子に抗うことのできない薫子の母。
動かない瑞穂と自分の娘をどう向き合わせるかを悩む薫子の妹がいます。
いずれの人物も重い苦悩を抱えていますが、錯綜する人間劇は純粋に物語としても見ごたえがありました。
この議題に正解というものはないと思いますが、東野先生が作中の一家に対して導き出した結末はとても素晴らしいと思います。

タイトルの『人魚』は水の事故に遭ってしまった瑞穂を示唆しているそうですが、薫子を演じる篠原涼子さんの演技も冷たい水の底を思わせるような張りつめたもので、非常に圧倒されました。
子役たちにも喝采を送りたいです。

瑞穂のような存在が臓器提供をすれば、救ってあげられる命があるというのは確かかもしれません。
けれど、瑞穂だって心臓が動いている。心音を鳴らし、血を巡らせ、普通の子供と同じような寝息を立てている彼女だって、救ってあげたい命であることに変わりありません。
臓器提供というシステムがこの世に必要なものであることは間違いないのですが、その選択を迫られるドナー側の存在理由がそこで揺らいでしまうと思うと、非常に居た堪れないものがあります。
自分の親しい人がもしそんな状況に陥ったら、「あなただってまだ生きていて良いんだよ」と言ってしまうと思います。
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