sally

人魚の眠る家のsallyのネタバレレビュー・内容・結末

人魚の眠る家(2018年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

「娘を殺したのは私でしょうか」

映画を見て初めてこの意味を理解し、そしてとても納得した。生と死の境目を問う言葉であった。

何をもって死とするかという重い主題をこんなにも繊細かつ巧妙に描き、終始考えさせられてしまうこの作品のストーリーの完成度の高さにまず感服してしまう。

そして、
脳死という普段真剣に考えることの少ないテーマに向き合う機会であった。

作中で出てくる坂口健太郎演じる星野の研究する電気信号により体を動かす技術。意識はなくても脊髄に電気信号を送ることにより体の筋肉に指令を送り体を動かせるというもの。
ロボットを使うより、自分の体を使う方が幸福を感じる、という星野の信念は一見納得のようだが、この技術、人間自身をロボットにしてしまうの技術とも同等であった。

意思とは関係なく、顔面の筋肉を操り、瑞穂を笑わせる、あのシーン。寒気が止まらなかった。

同時に様々な立場からの脳死の見方が伺え、最終的に何が正しいのか全くわからなくなった。脳死状態だからといって人前に出してはいけないわけもないし、家族で出かけるときに一緒に連れて行く事もなんらおかしい事ではない。恥じるべき事もないし隠さなきゃいけない事でもない。母親の気持ちはわかる。

でも、やっぱり人前には晒せない。
他人には脳死は重すぎて受け止めきれない。でもそれについて考えるには、他人すぎる。

そんな他人と身内の狭間に挟まれる瑞穂の弟は見ていた心が痛んだ。

泣けた…