あまのかぐや

1987、ある闘いの真実のあまのかぐやのネタバレレビュー・内容・結末

1987、ある闘いの真実(2017年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

少し前に話題になっていましたが、公開中は劇場で観られなかったのでDVD鑑賞。

お。知ってる顔があっちにもこっちにも!韓国の俳優さんは、私の中で良い意味で手垢がついていない、というか役者本人のイメージづいてないためか、どの役を演じても作品世界にどっぷり連れて行ってくれる。

なかでもトップクラスのあたり率を誇るユンソク先生とハ・ジョンウさん。共演してる映画いくつか見ましたが、今回は検事と、悪の権化のような警察署長で対峙してます。素晴らしい。

ストーリーは、警察による過激な圧迫取り調べの果てに拷問死した学生の死を発端とした、時代の転換期のお話。タイトルにあるように1987年に起こった実話です。

エンドロールに当時の映像が出ます。新聞記事や動画。やや古びた画像ですが、まぎれもない実話。カン・ドンウォン演じる大学生のラストは、当時の画像まんまで驚いた。

並み居る有名俳優、人気俳優が演じる実在の人物や現実のできごとの中で、一般の市井の目線から、この国のこの時代に、難なく引き込んで行ってくれた少女ヨニちゃん(キム・テリ)。あ、これ「お嬢さん」の子だ!え、今作でも女学生やっちゃうって、あれから何年経ってるの?変わらんおぼこい容姿、すごい。

隠れ反政府派の看守で実の叔父さん(ユ・へジン)との絡みや、後半涙なしでは見られない大学生(カン・ドンウォン)との物語…。ヨニちゃんの出番は、フィクション要素の強いパート担当だけど、連行された叔父さんを救いに警察の前に押し掛けるヨニちゃんとお母さん。彼らを排除する警官に、まるでやくざもかくやとばかり、黒いバンに積まれて、どことも知れぬ田舎ではだしで放り出される恐怖。ほんとにこれが警察組織のやることか、めちゃくちゃや…。

たぶんわたしこの子と同世代。合格祝いにもらったウォークマンとか、大学のキャンパスで漫研のサークル勧誘にひっぱられたりとか(行ってみたら実は活動家イベント、とか、あるあるーでした)大人になったような解放感に浮かれ、パーティーだカラオケだ、スキーだとのんきに大学時代をエンジョイしていたすぐ隣でこんなことが…。そこまで国際情勢に疎かったのか?10代~20代の自分に問いたい。

こないだ見た「タクシー運転手」が1980年の話。「サニー永遠の仲間たち」は1986年?全斗煥(チョン・ドファン)や、ノ・テウの名前がいつもそこにあるので、毎回年表を開きたくなる。そして1988年にソウルオリンピックがあったということは知っているけど、その前年。海を挟んですぐ隣の国で同じ年頃の大学生が警棒で殴られ催涙弾から逃げ、悪政に声を上げていた。外に見せてる韓国と、その内側にあった実際の違いの大きさに混惑する。

一人の英雄の力ではなく、小さな思いが集まって時代を動かす力になる「実話」を見せられた気がする。ソル・ギョング演じる潜入参謀とユンソク先生の教会のシーンは、これぞ韓国映画の醍醐味。ノアールな風味とアクション(ステンドグラスを使った演出はほんとに息を飲んだ。どうしてこの流れでこんなシーンにしようと思いつくのか。すばらしい)をみせつけたあとのこれかよ…ラストシーンなんて「レミゼラブル」か!っていうようなカットでしたが、これが17世紀のパリとつい30年前の韓国じゃえらい違いだよ。

ちょうど先日放送したNHKの「映像の世紀」がめずらしく日本の激動・昭和史を取り上げていて70年代の安保闘争や安田講堂の生々しい映像が流れた。「うわあこのころの大学生って、元気やなぁ」なんて思いながらも釘づけになって見ていましたが、その思いにさらに深く陥ってしまった。

歴史を動かす駒ではあるけど。時代の流れに一石を投じる、まさにその波紋の源の小石なんだろうけど。でも…。

たくさんの綱渡りとたくさんの犠牲があって、ようやくつなぎきった革命。覆ってみれば時代を作った小さな英雄たち、なんて美化されちゃうけど、正直いって「民主化の礎」なんて美しい表現にするのもわかるけど、その一つの命にも、家族がいて愛する人がいたんだと思うと…。ヨ二ちゃんは最後、デモ隊の中で一緒になってこぶしを振り上げていたけど、その表情などにはいろんな思いが滲んでいた。

また捉えたユ・へジンを拷問するなかで脅しをかけるユンソク先生の凄味。ただ凄味だけじゃなくて彼もこれまでの歴史の裏で家族を奪われてきた個人としての過去がある、そのシーンは心底恐ろしかった。悪人役、善人役とかそんな括りではなくて。それぞれの道義や信念、愛国心、そりゃわかる。わかるけど、でも。

「…でもひと死にはいかん」

観終わってまずでた感想がそれ。正しいことをしてる思うならなおさら命は軽視できないよね。そう思うことで、この先、右にも左にも各方面への暴走を抑える力って必要だよな、なんて、殊勝に考えてしまった。

韓国は、それを覆す力がまだある。まだあるからこそ、前大統領の政権は市民の追い落としで陥落し、その結果このような映画がつくられた。世界は隠されていた時代の事実を目にすることができた。はてさて、日本にその力があるのかな。

これは余談ですが。大学の同級生だった夫と、この映画を見終え、当時同じクラスにいた韓国からの留学生(兵役を終えていたから年齢は我々よりやや上)のことを思い出していた。そういえば、彼に自国の話を聞いたことなかったね、って。いまのようにネットもなく、SNSなどでつながっていない地元。彼は自国にどういう思いを抱いていたのかな。そして彼の親御さんは、どんな気持ちで息子を日本に留学させていたのだろうね。
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