ダリダ・ルシアン
心を打つ歌声と、エキゾチックな美貌を持つ彼女は
アメリカ国民から愛されるイタリア人歌姫ダリダ。
しかし彼女は願う
『国民すべてよりたった1人に愛されたい』
と
しかし彼女がら求めたのは愛する人との結婚ほして子供を育てることだった。
生まれつきの病で光が遮られ、眼鏡をかける事を余儀なくされた幼いヨランダは自分を醜いと思い込んでいた。
始まりはポーランド出身の美貌の画家ジャン・ソビエスキー。ヨランダと交際したその後、ジャンは他の女性と結婚する。
恋人のルイジは、自分の才能が認められない事を憂い自死を選び、先に旅立ってしまい、ダリダも後追いで自殺未遂をする。
元夫のルシアンも別れた苦しみからギャンブルに陶酔して自死。
リシャールは銃で人を撃ち投獄され壊れて、その後ガス自殺を図る。
付き合った男たちにその都度振り回されても、ダリダはショービジネス界に強く求められ、多くのアメリカ人を魅了した。
結局、ダリダの恋人たちに共通するのは、ダリダの才能に嫉妬して壊れてしまうという点
自分が輝けば輝くほど身近にいる愛する者が目を開けられなくなってしまった。
人はそんな何度も立ち上がれるほど強くはなれない。3人もの恋人を全て自死で失ったことは彼女の心に致命的な傷をつけていったのだろうか。
類いまれな歌声と美貌の陰で苦悩する姿に迫る。メガホンを取るのは女性の一代記を描くのが得意なリサ・アズエロス。
お恥ずかしながらこのダリダという歌姫のことを全く存じ上げなかったが、音楽を聴いてあぁこれを歌ったのがダリダなのかとようやく認識することができた。
あまりに波瀾万丈な人生、しかし皮肉なもので彼女が不幸であればあるほど彼女の歌声が人々の心を打つ。
私生活の不幸を歌で昇華する。
哀しきかな大スターの運命ってこんな風になってしまうものかもしれない。
恋愛パートはひとつひとつ事細かに描かれないので、ヨランダ自身がどうだったのかという部分は不明である。
ここまで色々あるとなると、もしかしたら彼女もそれなりに大きな問題を抱えていたのかもしれないと推測してしまう。
ただ、この私生活を駆け抜けるように描き、その代わりにダリダとして歌うシーンが多く描かれてたおかげで、音楽映画としては十分楽しめた。
特に、ベサメ・ムーチョを唄うシーンは、軽快なテンポでとても心地良かった。
苦しくても辛くても舞台の上ではダリダを演技続けることができたヨランダは確かに歌姫であった。
そして、エンターテナーとしての心労は計り知れず、その偉大さゆえに、当たり前の幸せを容易に掴めなかった人生の皮肉さについて考えさせられる良作だった。