こうん

万引き家族のこうんのレビュー・感想・評価

万引き家族(2018年製作の映画)
4.6
〝社会〟の最小単位が〝家族〟であるならば、家族の歪みは現代社会の歪みでもある。

その家族の物語から社会そのものやその中にいる僕たちを照射するなんらかの光が、是枝作品に通底するフィクションとしての矜恃であると思う。
そしてそこで語られる人々の情動が是枝作品のドラマとなるわけですが、その2つの意味で集大成的な映画でした、「万引き家族」。

(なお、元のタイトルは「声を出して呼んで」だったそうです)

ただ〝集大成的〟と思うことで、なし崩し的に評価してしまう部分もあるので、そこは冷静になりたいと思います。
(そうそう、僕は是枝作品の良い観客というわけではないですのOHOHO)



僕はアメリカ映画において〝プアホワイトもの〟が大好きなんですが、それは〝偉大なアメリカ〟の裏側そのものが興味深いからだし、そこに蠢く貧しく粗野な人々のモラルや品性に欠けるドラマが面白い…という理由によるものです。
そしてさらには、それが他人事ではないからです。
ここ日本にだって、チロルチョコを万引きするかどうか逡巡する映画(「ふがいない僕は空を見た」)があるわけですから。

例えば「フロリダ・プロジェクト」で描かれる“ド底辺”はアメリカの陰部の物語として興味深いのと同時に、決して日本でもあり得ないことではないし、僕らの日常の近くには見えざる世界があるのだし気付かないうちに足元まで来ているかもしれない…ということを頭では理解しているのです。
理解しているけれども、1,800円払ってエアコンの効いた快適な映画館の居心地の良いシートでハナクソほじりながらド底辺家族を眺めているわけです、僕は。
(1,800円払っているからと言って情弱と呼ばないでね)

しかし「万引き家族」を観ていて、銀幕に映し出される現実のカリカチュアと、安穏とそれを観ている自分とのギャップに、横っ面を張られるようなリアルな恐怖が涌き出てきてしまいましてね。
涼しい映画館を一歩出れば、5歳児が虐待死&“リアル万引き家族”捕縛というニュースが目に入ってくるわけですから、その映画と現実の接近にゾクゾクしてしまいます。
映画の中と外で喚起される感情がほぼ同じ、という事実が空恐ろしいと思います。
(このシンクロニシティも含めてパルムドール獲ったということはこの映画が“持っている”ということですし、ある意味映画の出来不出来とは別に訴求力を持ってしまった、ということがあると思います)

そんでもって映画そのものも素晴らしかったですよ!
是枝作品はいつもそうなんだけど、本作における充実度といったらないですね。
是枝監督、乾坤一擲の作!という気がします。

演技演出はもちろんのこと、撮影照明美術から編集音楽までひとつにピタッとはまっていて、描かれていることは貧乏家族の日常でめちゃくちゃ地味なんですけど、目を惹きつける瞬間しかない、という高濃度のエンターテイメントでした。
「シン・ゴジラ」の東京炎上シーンで眠った僕が本作においては目ん玉おっぴろげでしたよ。
特に撮影が素晴らしい…近藤龍人キャメラマンの切り取る画や運動の映画的なことと言ったら、もうね。多分是枝監督とは初タッグではないかと思いますけど、今までで1番シネマティックな是枝映画ではないでしょーか。光線の具合とか画面構成とか、今までの是枝作品に乏しかった〝映画感〟を補完していると思いました。
まぁ僕が近藤カメラマンの画が感覚的に好きってことなんですけど。
単純に画で伝わる感情やニュアンスが豊富だったように思います。台詞構成やドキュメンタリー的演出法から得る生の情感演出が特徴の是枝作品に、シネマアイが加わってグイッと上がった感じがしましたね。
家族全員が軒先から夜空を眺めるショットなんか、寄る辺なき浮世でひっそりと肩寄せ合って暮らす人たちの結びつきというか温もりが画として表現されていて、その場の刹那の情感も相まってうっかり涙ぐみましたよ。

あとあの家の作り込みもすごかった。ロケセットだと思うけど、あの雑多なものが氾濫するさまは見事な美術です。生活感の向こうに住む人のキャラクターが示されるような作り込みでした。
そんで食事もね。やたらと麺類が多いんだ、貧乏だからコメ買えずに麺類が多くなる。そこらへんのリアリティも含め、みんな思い思いのことをしながら麺をすする冒頭の食事シーンは各キャラクターの端的な描写と一家の妙な一体感と楽しげな雰囲気を醸し出してて、これが是枝演出!という感じでした。
家帰ってカップラーメンにコロッケInして食しましたもちろん。

映画のナラティブとしては「海街diary」のように散文的で、各人の目線での日常があり、その交わり合いや出来事の積み重ねで徐々にこの一家の実像を浮かび上がらせ離散までの顛末を描くわけだけど、僕は祥太のシークエンスにグッと来た。
というか泣きました。

彼の視点で言うと「万引き家族」は早すぎる子供時代の終わりの物語で、彼が次第に成長し学び取っていく様々の表情を思い出すだに涙ぐんでいます。
大島渚「少年」を強烈に思い出したりもしました。本作での彼の中のスイミーと「少年」アンドロメダ星人の存在はちょっと似ているしね。

それから役者さんで言うと、安藤サクラさんは抜群でした。
毎回言ってるけど、この人すごいよ。バケモノ。樹木希林と渡り合える物語没入力。表現量と瞬発力。もう信代にしか見えませんでしたし、取り調べシーンは(主題的にも安藤サクラ爆発シーケンスとしても)本作の白眉と言えると思います。
生の人間が映っている、そういう名シーンでした。
あそこで何も感じない人間は刑務所行きです。
だけどあのセックスシーンはちょっと、なんか上手くないというかあざとかったけど(最初からそういう濡場だとわかるからね)背中のネギはエロかったです。だらしないように見えるけどムチっとした身体もよく作ったもんだと思います。
(以前ル・シネマで遭遇した安藤サクラさんは普通に可愛かったです)

それにもちろん松岡茉優さんもよかったけど、池松壮亮との絡みは余計だったかな。あの処女性と娼婦性の同居みたいな描写はファンタジーで「空気人形」を彷彿とさせたけど、この映画の中ではちょっと異質でした。でも松岡茉優最強なわけですし、下着姿や水着姿を祥太と同じ表情で見ていましたよ。
(あとエンドクレジットの「協力 コスっちゃお!」を見逃しませんでしたよオジサンは)

入れ歯外してけっこう人相変わる樹木希林の浜辺でのアレは、これまた泣きそうになったし、リリーさんの飄々とした少年おじさんぶりは盤石だし、祥太役の城くんの現実を獲得していくたびに冴えていく眼差しと時折見せる無邪気さにジーンとくるし、キム・セロンそっくりの佐々木みゆちゃんの現実感(映画と現実の橋渡し役と言える)は素晴らしかったし、「きみはいい子」の2人の〝正しさ〟の一方通行ぶりが憎たらしいし、ちろっとしか出てこない柄本明や毎熊克哉や緒形直人や森瑤子もよかったですね、活きていて。

そういったフィクションとしての強度と現実と直結するリアリズムが見事に同居した一作だと思うし、正しいことを口に出した瞬間に正しくなくなってしまうこの世の中において、慎ましやかな感情の発露を促すような映画の態度がとても心地よかったです。
映画の情感として完結させずにほんの少し開いていて、それが現実へと結ぶ回路となっている作りが理想だと思っているのですが、「万引き家族」はまさにそういう映画になっていたと思います。

いろいろ想い出していると、(映画の中で)数年後に出所してくる安藤サクラを心待ちにしている自分がいます。


僕の中で安藤サクラ演じる信代はフュリオサに並ぶベストガールです。
(なんか急に徳が下がる気のする文章)
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