yuri

万引き家族のyuriのレビュー・感想・評価

万引き家族(2018年製作の映画)
4.1

いま現在、私はコピーライターという立場で仕事をしています。

広告というジャンルに携わっていてつくづく思うのが、現代の発信者は「わかりやすさ至上主義」につい侵食されてしまうなぁ、ということ。

広告を作る立場にいると、100人が見て、100人が正しくメッセージを受け取れる表現「だけ」が正義なのだと叩き込まれてしまいます。

多くの広告にとって、その存在意義は「正しく伝わること(そして買ってくれること)」だから。

SNSで炎上なんてしてしまえば、企業にとっては大打撃です。たとえそれが一部の人による誤解であったとしても、言い訳は効かない。

誰にもヘタな誤解を与えず、誰もが正しく商品の良さを理解してくれる広告がほしい。それが多くの企業の本音でしょう(もちろんそれが全てではありませんが)。

商売をしていく上で、わかりやすさは大切。相手に「伝わること」は何より大切。


だけど映画は違う。深みも含みもあっていいはず。「万引き家族」を観て、改めてそう思ったのです。

もちろん「わかりにくい映画」にも、いろんな種類があるとは思います。好ましいものも、そうでないものも。

難解なものを突き付けて、自分の賢さを見せつけたいだけのもの。

そもそもメッセージが破綻してハチャメチャなもの。

いろんな解釈を受け入れる余地を残した、器の大きいもの。

「万引き家族」は、3つ目にあたると思います。芯は通ってるけど、ただ1つの正論を振りかざすでもない。くっきりわかりやすい善も悪もない。

だからこそ、年をとって見返すごとに、新しい気持ちになれそうな映画です。わからないことだらけだから。

ちなみに未婚・子なしの私には、松岡茉優の立場がぐっとくる。

可愛くなりたくて買ったはずなのに、上下ちぐはぐでかえってダサく見える、ニセモノのジェラートピケも。比べる必要なんてないのに、妹と比べてしまって自分の価値がわからなくなってしまう気持ちも。自分と同じように、世界での居場所を見つけられずにいる相手に抱いてしまう愛情も。すべて、するっと私の中に入ってくる。

だけど安藤サクラ演じる由布子の境地は、まだ想像でしかわからない。肌感覚でわかる、とは言えません。樹木希林ばあちゃんに至っては、言うまでもなく。

本題に戻ります。

この映画は、わからないことで溢れてます。

過去に夫婦が犯した罪の詳細だってわからずじまいだし、何よりラストも謎が残る。わからないことだらけ。

だけど、わからないからこそ、必死で想像する。言ったセリフの裏の、ほんとうの気持ちを。言わなかった言葉さえも、想像する。必死で想像する。

そしたら、自分の普段の心のうちでは到達できなかった気持ちにふと気づいたりする。観た直後はわからなくても、時を経て。

わからないからこそ、ほかの人の感想にも価値が出てくる。ああ、こういう見方もあるのか、と感動したりする。

わかりやすいことは大切だしありがたいけど、わからないことだって優しさの1つなのだと信じてる。