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ガンジスに還るのumisodachiのレビュー・感想・評価

ガンジスに還る(2016年製作の映画)
3.8
まだ20代の若手監督によるインド映画。自らの死期を悟りバラナシに行く父親と、その息子の関係を軸に描かれる、静かな人間ドラマ。

仕事人間のラジーヴは、年老いた父ダヤと妻と娘の4人暮らし。娘は年頃で、結婚を控えている。ある日、ダヤが聖地バラナシに行くと言い出す。毎日見る夢により自分の死期を悟ったというのだ。困惑する息子だったが、頑固な父親を説得することもできず、父親に付き添ってバラナシの【解脱の家】へと赴くことにするのだが……。

頑固者の父親と、仕事のことしか頭にない不器用な息子。最初のうちはギクシャクしていた2人だったが、解脱の家で時間を過ごすうちに関係に変化が生じてくる。ガンジスの雄大な景色と、死を待つ人々とのやりとり。少しずつ少しずつ変わっていく父と子の心境を、丁寧かつ繊細に描いた作品だった。

仕事のことが気になりつつも、父親のことが心配で落ち着かないラジーヴと、そんな息子にイラだつダヤ。息子には不満を持っているダヤだが、孫娘とは気が合っていて、彼女の本心や苦悩にも気付いている。ダヤとラジーヴ、ラジーヴと娘という2つの親子関係が物語りのポイントになっている。もう一方の親子関係を見つめることで、自分のエゴや愛情に気付くという仕組みだ。ハッキリと言葉で説明されることは少ない。ただあるのは、家族の会話だけ。しかし、彼らひとりひとりの心の動きが染み込むように伝わってくる。

解脱の家で父親の面倒を看なければいけないラジーヴが、家事に対する意識を高めて行ったり、頻繁に鳴る電話を無視するタイミングが増えていったりといった細かい描写。バラナシの町を歩いたり、ガンジス川を見つめたり、ボートに揺られていたりといった、なんでもないシーンで見せる登場人物たちの表情。ひとつひとつ綺麗に磨いた小石を、ゆっくりと注意深く積み上げていくような演出で、胸がいっぱいになった。

インドの人々にとっての死は、我々が思うものとは違う。しかし、『ガンジスに還る』を観ていると、なんとなく理解できる気がしてくる。彼らにとっての死は、悲しくて恐ろしいものというわけではなく、バラナシは特別な場所だということ。でも、家族と別れはやはり悲しいのだということ。この映画は、極めてインドらしいと同時に、どこまでも普遍的だ。もっと年を重ねて観たら、また違う感想を抱くのかもしれない。それこそガンジス川のように深く豊かな映画だと感じた。

劇場は、年配の方を中心に混み合っていた。誰にでもオススメできる素晴らしい作品だった。
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