ノラネコの呑んで観るシネマ

彼が愛したケーキ職人のノラネコの呑んで観るシネマのレビュー・感想・評価

彼が愛したケーキ職人(2017年製作の映画)
4.3
ジワリと心にしみる佳作。
夫を突然の事故で亡くし、エルサレムで小さなカフェを営むアナトの元へ、ドイツ人青年トーマスが現れる。
やがて彼はスイーツの職人としてアナトのカフェで働きはじめ、彼女は優しい甘味に喪失を癒されて、トーマスを愛する様になる。
しかしトーマスには秘密がある。
彼は、アナトの亡き夫オーレンが、出張先のベルリンで逢瀬を重ねていた不倫相手。
アナトはストレートだが、男二人がバイセクシャルだったことで、互いに恋敵でありながら恋人同士という、奇妙でこんがらがった三角関係が出来上がる。
不可思議な人間の恋愛感情に、イスラエルのユダヤ人がドイツ人を見る嫌悪の目、食べ物や調理に関するユダヤの戒律などの文化的、歴史的要素が絡み合い、二人の葛藤はより複雑に。
しかも二人の関係を支配しているのは、既にこの世にいないオーレンなのだ。
知らなかった亡き恋人の世界を知りたくて、アナトのところにやってきたトーマスは、やがてその世界にぽっかり空いた穴、オーレン自身の存在を埋めてゆく。
だが、トーマスがその世界を愛おしく、大切に思ったとしても、三人の辿った愛憎の歴史が邪魔をする。
ドイツ人とユダヤ人の間にある複雑な歴史と因縁が、極めてパーソナルな主人公たちの三角関係とシンクロする仕組みは非常に秀逸。
新人監督オフィル・ラウル・グレイツァの、繊細な心理描写の演出が光る。
これはイスラエルでしか成立しない、大人のラブストーリーだ。