言葉にならないこの味わいと奥行きはなんなのか。
愛する人を失った悲しみと喪失感。その共鳴。
それ以外のものは徹底して…主要人物たちの感情も行動の真意も…全く明かされないまま終わる。
なのに、決して消化不良ではなく、そのたくさんの謎に満ちた哀しい余韻がむしろ心地よい。
描かれないたくさんの部分に何度も何度も想像力を刺激されたからなのか。
演者たちの、始終静かなのに悲しみを基調に雑多な感情を感じさせる表情のある種の豊かさが印象的なせいか。
ベルリンでパン屋兼カフェを営む青年トーマス。彼には仕事で度々ドイツを訪れるイスラエル人の同性の恋人オーレンがいた。
オーレンには国元に妻子がいることを知りながら、定期的におとずれる束の間の逢瀬を心待ちにしていたトーマス。
しかしオーレンはイスラエルで事故死してしまう。
それを知ったトーマスはイスラエルのエルサレムに旅立つけれど…。
トーマスはなぜエルサレムであんな行動をとったのか。自分が知らなかったオーレンの日常を知るためか。もう戻らない彼の存在と決別する心の準備のためか。彼が残したものを守るためか。その全てが行動の理由のようで、でも、それだけではない気がする。
そして、知らなかったオーレンの事故の原因を聞かされた時に彼は何を思ったのか。
でもそれは、オーレンの妻アナトも同じ。
彼女はなぜトーマスを受け入れたのか。最初は何も知らなかったのは確か。でも、事実を知った後の彼女のあの行動は、どういう感情からのものだったのか。
オーレンの母は、何を知っていて、何を知らなかったのか。彼女はオーレンの部屋でトーマスに何を見せたのか。
明かされない全てがあまりにも意味深で、想像は尽きない。何も語られず、何も答えは出ないけれど。
皆に確かに存在したとわかるのは、愛した人を失った時の喪失感と孤独の無意識の共鳴、そして、慰めだけ。
性的指向や宗教、国境、言葉と壁といった社会的な複数の要素が淡々と進む生活に自然と溶け込んだ巧みさも、この作品を奥深いものにしている。
また時を置いて見直して、色々想像してみたい作品。きっと、少なからず今とは違うことを思うから。