ちろる

彼が愛したケーキ職人のちろるのレビュー・感想・評価

彼が愛したケーキ職人(2017年製作の映画)
4.0
夫を亡くしてイスラエルでひとりカフェを営むシングルマザーと、カフェを手伝うことになったドイツ人男性。
彼にはとある秘密があった・・・

無口なフランクが、黙々とクッキーやケーキを作るシーンを見ていると、フランクは生地をこねながら悲しみを消化しているよう。

彼はまるで欠けていたピースを探すかのように、恋人の妻アナトに近づくのだけど、このとんでもない破天荒な行動がなんだかこのフランクだと嫌な感じがしない。
それは彼の行動に計算がなく、彼の行動全てが衝動的なものだったからだろう。

アナトも、夫の事故前に既に失っていたはずの愛を身体に取り入れるかのように、夫が愛したフランクのクッキーを口にする。
フランクとアナト、2人の間接的に貪る愛の形はきっと間違っている事なのだろうけど、なんとなくわかってしまう。

はじまりはなんだか「かもめ食堂」のようなほのぼの、淡々とした雰囲気に加えて、ユダヤ教宗教観や、ドイツとイスラエルという、埋められぬ国籍の壁も丁寧に描き、悲しみをどうにか超えていこうとするトーマス、アナト、そしてアナトの息子3人の心の動きも繊細に表現されている良作。
ちなみに個人的にはオーレンの母親であるハンナの深みのある演技がとても良かった。
彼は息子の全てを知っていて、おそらくトーマスを一目見て息子の愛する人だと気がついたのではないかと思う。

全て明らかにして心の内をぶつけ合うことも一つの正解なのかもしれないけど、
失った愛する人のカタチではない大切なものを壊さないために、こうして沈黙のまま心を慰め合う事も人間ならではの美学なのかもしれないと思わせてくれた作品でした。
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