幽斎

天才作家の妻 -40年目の真実-の幽斎のレビュー・感想・評価

5.0
★Glenn Close 7度目の正直成らず。今年は鉄板だったのに・・・「女王陛下のお気に入り」Olivia Colmanおめでとう。
2018 主演女優賞×「天才作家の妻」
2011 主演女優賞×「アルバート・ノッブス」
1988 主演女優賞×「危険な関係」
1987 主演女優賞×「危険な情事」
1984 助演女優賞×「ナチュラル」
1983 助演女優賞×「再会の時」
1982 助演女優賞×「ガープの世界」
スリラー派としては「危険な情事」が印象的。当時センセーショナルを巻き起こしたらしい、憶えてる訳ない(笑)。

原作は2003年発表Meg Wolitzerのマインド・スリラー。ゴーストライターと言えば、刑事コロンボで1番好きな「構想の死角」Steven Spielbergのデビュー作でも有る。本作の設定は1992年だが、話の内容は極めて現代的で、ノーベル文学賞とは言え高々賞の1つ。夫婦として40年築き上げたモノが一瞬で崩壊するほど価値が有るのか?。Lady Gaga「アリー/スター誕生」と同じく、女性の社会進出を拒む社会を問う作品。J. K. Rowlingも、女流作家だと売れない理由でペンネームを変えられた。医科大学が女子を選別する日本も全く笑えない。

Christian Slater嫌らしいヤツ(笑)、若い頃のジョーン役Annie StarkeはGlenn Closeの実の娘で「プリズナーズ」の制作者John Starkeが父親。デビッド役Max Ironsは名優Jeremy Ironsの息子。若い頃のジョゼフ役Harry Lloydの方が似てるので一瞬混乱した。ノーベル賞の舞台裏や12月のストックホルムの佇まい、コンコルドの雄姿(本物見た事有る)、そして齢を重ねてもヤル事はヤル、希望が持てます(笑)。

ゴールデン・グローブ賞で主演女優賞を受賞したGlenn Closeのスピーチに感動。「私は母の事を思ってます。母は父の為に人生の総てを捧げました。そして80歳の時に「私は何も達成してない」と言いました。女性は子供を産んで良い夫を見つける事を期待されるけど、女性は自ら満足できる人生を見つけ夢を追いかけるべき。それが許されると言うべきです」。
妻を1人の人間として対等に見てるのか、自我を実現できる人生を送ってるのか、MeToo運動が叫ばれる中、ジェンダー格差は容易に埋まらない。

オスカーは逃したがGlenn Closeの本心を語らない「静」に徹した演技が絶品。目線と顔の表情だけで「お察し下さい」と微笑み身震いする。象徴的なのはJonathan Pryceが授賞式のスピーチで「私の功績は全て彼女のお蔭です」と妻を称える。しかしジョーンはブチ切れる。この意味が理解できないと、本作は終始「?」で終わる。私の席の前には老夫婦が居られたが、どう解釈したのだろう。

友人は「この夫最低最悪だな」←君は一体何を見てたのか?そんな善悪がハッキリしてる話じゃ無い。物語のテーマは「共依存」で有り、夫は名声を手に入れ妻が嫉妬してると思ってる。しかし妻の承認欲求は名声では無く、社会なのだ。世に出たいと思ったが、時代がそれを許さなかった。夫も妻が自分を利用してる事は百も承知してる。死の間際に「嘘つきめ」と囁いた。この言葉の重みは途轍もなく深い。

ジョーンが此方を見つめるシーンで幕が降りる。彼女は何を思ったか?、夫婦の愛憎劇が一瞬でスリラーに転換する秀逸なラスト。解釈としては4通り有るが、「これからは私が作家よ」が最も理に適う。純文学の世界で父は小説は面白くないが、プロットは優秀。母の小説は独創性が無いと指摘したり、息子の作品も設定が陳腐だと的確にアドバイスする。夫婦の共同作業でノーベル賞が取れた真実を忘れてはいけない。

推理小説の世界でも①独創的なトリック、②最後まで飽きさせない物語性、の調和は極めて難しい。両立させたAgatha Christieは極めて稀有な存在であり、だからこそ世界中で愛される。①が無ければ始まらないが、機械仕掛けな文面に為り面白くない。潤滑油として②も欠かせない。007の原作者Ian Flemingも「なぜ売れるか?それは読者に次のページを捲らせる術を知ってるからさ」と述べてる。ジョーンは②の才能は有るが、①は平凡なのだ。

ジョーンはアメリカに戻り、ジョゼフの後を継ぎ本を出版する。しかし亡き夫が指摘した通り、テーマが平凡で世間から評価されない。結局1人では何も生み出せない真実を突き付けられる。これが「40年目の真実」の本当の意味で有り、真のエンディングだ。

共同執筆と夫婦生活が見事にリンクした濃密なスリラー、満点以外考えられない。
幽斎

幽斎