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グッバイ、リチャード!のろのレビュー・感想・評価

グッバイ、リチャード!(2018年製作の映画)
5.0

「振り返って考えると、全部納得がいく。こうなる以外ないみたいに。こんなのどう見ても不条理だ。それでいて完璧なんだ」

娘は自身がレズビアンであることを、そして妻は不倫を告白する、第1章‘言いたいことがある’。
ガンを患う大学教授リチャードは、自分がもう長くは生きられないことを家族に打ち明けられずにいた。

初めての煙草にむせながら生徒たちに自己紹介をする第2章‘正面からぶち当たれ’。
心配する友人に連れられてガンの自助グループに参加する第3章‘俺は本当に死ぬ’。
章を追うごとに病気は進行し、リチャードの顔は青白く、階段を上る足取りも重たくなる。
だけど死が近づくにつれて、リチャードはやりたいことも言いたいこともどんどん叶えていく。「これも勉強になるかもしれない。あれもいい経験になるかも」と柔軟に受け入れていく彼の心は、病気の痛みを超えて、軽く自由になっていくように見える。

リチャード以上に彼の死(病気)を受け入れられない長年の友人ピーター。
「君がいないと寂しくなるよ」と酒を飲みながらリチャードに寄りかかり、一緒に教会に行けば「どうかリチャードを救ってください」と必死に祈る。
それに対して「どうせ死んでも死体に虫が湧くだけだから」とリチャードはクールで、私も同じ立場ならそんなふうに言うだろうなと思いながら観ていたけれど、自分の死を自分以上に悲しんで怖がってくれる人がいるってやっぱり幸せなことだと思う。

中学生のとき、真冬のマラソン大会がすごく嫌だった。
とにかく寒くて、鼻水も垂れ流しのまま走るのが気持ち悪くて、想像するだけでお腹が痛くなった。先生が吹く始まりの笛が本当に憎らしくて、早く終わってしまえと思った。
だけど残り100メートルのところまでくると、それまでの道のりがなぜか名残惜しく感じられた。スタート地点ではあんなに気が重かったのに、終わりが近づくにつれて、もっと頑張って走ればよかった、自分はもっと頑張れたんじゃないかと後悔した。

リチャードはパーティーでこんなスピーチをする。
「死を前にして分かった。人生のほとんどにおいて私は間違っていた。死というものを理解していなかった。いつか死ぬということに感謝してこなかった。結果的に精一杯生きてこなかった」
死ぬ気で頑張る必要はないけれど、今の自分にとってどの道がより良いだろうと悩みながら、やれるだけのことをやってみる。それは自分に対する優しさなんだと思う。

「勇気が出なくて本音を引っ込めてしまう自分」から「やってみたいことに挑戦してみる自分」にアップデートしていきたいなと思いつつなかなか踏み出せない私にとって、じわじわ沁みてくる映画だった。

「ぜひ心に留めておいてくれ。我々は一瞬ごとに人生の物語を紡いでいる。有意義な読み物にしよう。せめて面白いものにしてくれ」
ろ