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焼肉ドラゴンのSyoCINEMAのレビュー・感想・評価

焼肉ドラゴン(2018年製作の映画)
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役者を信じきった作品って、実はあるようであんまりない。
例えば監督が役者に細かく指示を出して演技を引き出すような作品はあるけれど、どんと構えてしっかり見つめる作品というのは結構珍しいと思うのだ。そして本作は、愚直なほど役者を信じきった潔い映画だと思う。

「焼肉ドラゴン」は元々、舞台だった。その舞台版の作・演出を手掛けた鄭義信さんが、映画版の監督も行っている。そういう背景が生きているのか、この映画は作りこそ映画だが、マインドは演劇的だ。そのハイブリッドさが、今作の魅力といえるだろう。

高度経済成長期の関西地方。在日韓国人たちの住むエリアで、貧しくも逞しく生きる人々の姿を描いた作品だ。3人姉妹+末っ子長男の焼き肉店「焼肉ドラゴン」を舞台に、それぞれの悲喜が描かれる。

一見すると「Always 三丁目の夕日」的なハートフルストーリーを想像してしまうかもしれないけど、中身はなかなかにハードだ。国から立ち退きを命じられたり、次女の旦那は長女がずっと好きだったり、三女は不倫中、末っ子はいじめられていて、両親の壮絶な背景も含めて事件が絶えず起こり、ギャグパートはふんだんに用意されているものの、ケタケタ笑えるかといったらそうではない。
むしろ、そこを乗り越えて笑うべきなのだろうけれど、そこには彼らと同じくらいの気骨がいるというか。観る側のこっちも、ちょっとした大河ドラマを観るくらいの準備がいる。あくまで僕の感覚として、そう思った。それは、やっぱり彼らに寄り添いたいと思ったからだ。あえて格好悪いところを積極的に描き、泥まみれで人間臭いキャラクターたち。その神髄に近づくためには、こっちもそれ相応の覚悟がいると思うのだ。
きっとこの作品は、当時を生きていた人々への深い敬意で出来ている。だからこそ、観る側のこっちも安穏としているのではなく、自分が今立っているこの場所というのは、彼らが作った礎の上に成り立っているのだよ、という気持ちを少しは持っていたい。

逆に言えば、本当の意味でこの映画のギャグパートを笑い飛ばせるようになったり、長女と次女、次女の旦那の三角関係を深く理解できるようになったとき、彼らと同じ土俵にようやく立てるというか。いろんなものがお手軽になった現代の僕らには、彼らの行動において根本的に分からない部分があると感じた。それは、それだけ忠実に当時を描いているからだろう。

現代風に変換して分かりやすく感動できる筋立てにすることが、ある種こういった映画の鉄則だと思う。もしくは、大河ドラマのように長い時間をかけて描くかのどちらかだ。そういった中で、この映画はそれを行っていない。当時を真空パックしたかのような文脈や物語言語で、どこまでも信じに土臭く市井の人々を描いている。

そしてまた、冒頭に挙げたとおり、役者たちにおいてもある程度の決まりは作ったうえで、じっくり構えて彼らの熱量高い演技を映し取っている。
この映画で素晴らしいなと感じたのは、演技の質量がみんな揃っていることだ。
例えば、とある日本映画を観たときに、それぞれバックボーンやメソッドの違う役者たちが、ただ自分の得意な演技を披露しているだけで、全体として観ている時に非常にちぐはぐで居心地の悪さを感じた。それは、演出家がそこにいないからだ。画面に存在する人々のバランスを整えて挙げる人、それは監督であり演出家の役目。「焼肉ドラゴン」は、出演陣が素晴らしいというのもあるけれど、監督がしっかり手綱を握りつつ、自由にやらせている感じがする。だから、観ていてストレスが全くない。

井上真央さんの演技は本当に素晴らしくて、彼女を観ているだけで元を取れちゃうくらいのところはあるけれど、出演陣が皆素晴らしくて、なんというか「劇団」に非常に近い印象を受ける。
「焼肉ドラゴン」という映画のために集まった面々、ではなく、「劇団・焼肉ドラゴン」という感じ。同じ飯を食って切磋琢磨してきたような錯覚を受ける。これが、本作のとても大きな特長だと思うのだ。
人が、ちゃんと生きている。そんな力強い映画だった。