茶一郎

クリード 炎の宿敵の茶一郎のレビュー・感想・評価

クリード 炎の宿敵(2018年製作の映画)
4.3
 まさかあの殺人マシーン・ドラゴに体中の水分を搾り取られる日が来るとは……
 『ロッキー』シリーズの再始動、アポロ・クリードの隠し子アドニス・クリードを主人公とする『クリード』シリーズの第二作目が、本作『クリード 炎の宿敵』です。冒頭でいきなり世界チャンピオンとなるアドニスの元に訪れた挑戦者は、まさか『ロッキー4/炎の友情』でアドニスの父アポロを殺したイワン・ドラゴの息子でした……
 落涙必至。『ロッキー4』の人間ドラマにおける完全アップデートにして、本作では新たな神話、「ロッキー神話」ではなく俺たちの時代の「アドニス神話」の序章を目撃します。

 前作『クリード チャンプを継ぐ男』が、「隠し子」として、親の愛を受けずに生きるという特殊なコンプレックスを背負った主人公アドニスが、ボクシングのリングを通じて父アポロの愛を感じ、自らの出自を受け入れる「子供」にとっての物語だった一方、本作『クリード2』は「親」にとっての物語。ついにアドニスが父になる展開を軸に、クリードとロッキーの擬似親子、対抗するイワン・ドラゴとヴィクターの親子、複数の親子の物語を語っていきます。
 ここで関心するのは、敵となるヴィクターもまた、親の愛を受けずに育った人物だという、前作のアドニスの鏡映りの存在として描かれている事です。イワン・ドラゴの『ロッキー4』での敗退をきっかけに、母親から捨てられ、父親イワンは屈辱を晴らそうとヴィクターを「殺人マシーン化」し、親とは思えないスパルタ特訓を強いていました。本作『クリード2』は、アドニスの物語である以前に、敵ヴィクターの物語として、敵役の描かれ方が雑だった前作を補強しています。

 「なぜ戦うのか?」これはシリーズ1作目『ロッキー』から問われているテーマですが、本作もまたそのテーマを語ります。父親となるアドニスは、子供と婚約者ビアンカを捨ててまで、リングに立つ必要性があるのか。
 『ロッキー』において、「なぜ戦うのか?」とエイドリアンに聞かれたロッキーは「他にできないから」と答えました。アドニスもまた、自分を自分たらしめる、自分を「ボクサー」たらしめる唯一の方法である「戦う」という選択肢を選びます。彼は、家族、ロッキー、亡き父親アポロのために戦う以上に、自分のために戦うのです。これは『ロッキー4』において、半ば米ソ冷戦下のプロパガンダとして殺人マシーンにされたドラゴが、ロッキーとの熱戦の最中、「俺は俺のために戦う」とソ連の高官を掴んだ、あのセリフと重なります。

 何よりこの『クリード2』は、冒頭でいきなりアドニスがチャンピオンになり、「新たな『クリード伝説』の始まりです」というアナウンスから始まる通り、我々、観客に新たな神話を示す一本です。
 アドニスがヴィクターとの戦いを挑む前、彼は「我々(us)の歴史を塗り替えるんだ」と言います。我々とは、アドニスと父アポロであり、アドニスと新時代を生きる観客でもあります。「ロッキー神話」の一部である『ロッキー4』を見事にアップデートし、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』における「神話の脱構築」とはまた別の形で新たな神話を提示した『クリード 炎の宿敵』。
 「おまえの時代だ」と背中で語るロッキー、スタローンのセリフは、アドニス、そしてこの新たな神話の作り手たち、何より我々、観客に対してのものに他なりません。
 
 音声はこちらhttps://www.youtube.com/watch?v=KGoXDzwnJ3A
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