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トゥルー・ロマンスのninjiroのレビュー・感想・評価

トゥルー・ロマンス(1993年製作の映画)
4.0
子どもの頃、猛烈に買って欲しいおもちゃがあって、もしあれが手に入ったなら、その日から自分の人生が変わるに違いないと信じて疑わなかった。
ついこの間まで公開を待ち詫びた映画があって、それを観られる日が来たなら、その日から自分の人生が変わってしまうかも知れないと思っていた。
現実に手に入れたおもちゃは本物の魔法も未知のテクノロジーも搭載しておらず、現実に観た映画にはどんなに感動しても花火の後の切なさが募るばかりで、何事も自分が勝手に思い描いた都合を上手には埋めてくれなかった。モラトリアムはとっくに終わっているにも関わらず、人は、特に男性は、いつも漠然と夢に想い描いた人生を、粉々になった夢のカケラを何処かで捜し求める。ある程度大人になればそれは与太話の体を保ちながら冗談めかして語られる、酒の肴程度のものになってしまうのだけれども。
人は果たして変われるのだろうか。想い描いた世界に溶け込み横たわって受動的に望むばかりでは、変わることはないだろう。戸口に一人佇む人影、ひとりぼっちは嫌だという、その背後には何がある?変わらない空が今そこにあるだけで、必死になって追い払う意味もない孤独が、別の誰かの顔をしてまた戸口に茫として立っている。
「愛が世界を変える」という使い古された表現を文字通りに信じることが出来るほど私は真っ直ぐな人間ではない。しかし誰かに恋し、誰かを心から愛することが、一人ないしは二人の人間を変えることがあることぐらいは知っている。
気が滅入るほど当たり前の話、だからこそ忘れてしまう、ただ愛する人の為に死ぬことなんて当たり前だった頃の話。その季節は淡く、騒ぐ雨音のように都度新鮮に、その場にいれば永遠に、霞んで確かに見えない全てのために目を凝らして見つめて、毎朝目覚めれば、ふと振り返れば、伸ばしたその指の先が、毎秒全ての僅かな顫動を合図に、一つ一つの細胞が波に攫われる砂の様に生まれ変わる。
これまで何一つ思い通りにならなかった世界、もう寄りかかる必要なんてない。エルヴィスが腰のスウィング一発で世界を変えたように、その人差し指に殺されるように、この汚れた世界に魔法が掛かる。
もし君が最後に選ぶ男が俺だったなら。油断をしたらそんなことを真面目な顔して言い出しかねない心に永遠の童貞を抱く男子に捧ぐ、「トゥルー・ロマンス」に勝手に日本語を当てるとすればズバリ「純情」だ。
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