純

エセルとアーネスト ふたりの物語の純のレビュー・感想・評価

3.8
エセルとアーネスト。ふたりの物語の中に、たくさんのひとたちの暮らしがあった。みんなが、自分たちの物語を生きていた。朝が来て、働いて、引っ越して、争いが起こった昔のこと。大きな出来事の間に、当たり前に忘れてしまいそうな瞬間がいくつも顔を出していた。生活は重ねていくものなのだった。初めて手を振り合った午後のことや、キッチンの洗面台をお風呂替わりにしていたこと。髪を切ったときの母親の涙に、梨の木を植えさせてくれたあの日。どの一日も、一瞬も、欠けてはならないあの日々が、びっくりするほど遠くの今に、間違うことなくこんなにも確かにつながっている。

そして何よりも、やさしい絵を描く主人公が、両親の命を動く絵本の形で再生させたこと。実際の会話も景色も、きっとあの頃の本物とは違う。でも、意味を持つのは本物をもう一度作り直すことじゃなくて、こんなふうに思い出すこと、なのだと思う。もうこの世界に居ないふたりを、こんな風に笑わせたり困らせたりできるのは、世界でただひとり、彼らの息子、レイモンドだけなのだ。両親はきっと、この最高な贈り物が愛おしくて愛おしくて仕方ないだろうな。

あのひとたちと生きた時間を、これからも愛し続けるひとりの少年が居る。
純