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イングランド・イズ・マイン モリッシー, はじまりの物語のGreenTのレビュー・感想・評価

3.0
見事になにも起こらない映画であった。しかし、これはモリッシーがモリッシーになる前、スティーヴン・パトリック・モリッシーだったとき話なので、この「なにも起こらない感」が正なのかなと思った。

しかしこの方は、極端にシャイで内向的な方だったようですね。最初、「この人なに言ってっかわかんない!」と思っていたら、映画の登場人物たちも、「あなたいつもそんな難しい言葉使っているの?」とか言ってて、要するに本をたくさん読んでいるから普段みんなが使わないような表現を使ったりして、それでかなり変わり者扱いされているようだった。

ライブのレヴューを書いて雑誌に投稿しているんだけど、「このバンドはうんこしたあとトイレットペーパーがなかった時のような云々」って詳細は忘れちゃったけど、隠喩を使って表現した後「意味が伝わらないとアレだから一言でいうと、とてもつまらなかったってことだ」みたいに自分で説明しなければならない(笑)。

あとでリンダ―?っていう女の人が出てきて、この人とはオスカー・ワイルドだのの引用合戦みたいのをしてて、「ああ~」ってすごい納得した。

この2人はとても気が合うようだったけど、リンダ―も、最初のバンドを組んだビリー?も、みんなチャンスを掴んでロンドンに行ってしまうので、友達を失うのも悲しいし、自分が取り残されていく気分も味わったようだ。

でも「へー」って思ったのは、お母さんがすごく理解ある人なんだよね。離婚して家計も苦しいだろうに、スティーヴンに「仕事しろ!仕事しろ!」とは言わなくて、「自分らしく生きなさい」って言ってくれる。自分は毎日きちんと仕事しているのに、なかなかできたお母さんだ。

こうやって内面に向かっていく人っていうのは、表に出しても誰もわかってくれないから、自分と他人は何が違うのだろう?と追及するところから自分を成型してくのかなあと思った。それを他人と違ってもいいや!って乗り越えて表現することができれば、賛同してくれる人は必ずどっかにいる。スティーヴンも、少ないながらそういう友達との出会いを通して、ジョニー・マーにたどり着いたんだもんね。

作品情報を調べると、これは"unauthorized"な描写、とあるので、モリッシーは全く制作には関わっていないようだし、ベースになっている原作も自叙伝も何もないので、もしかしたら監督がモリッシーのファンで、自分のモリッシー像を投影したのかなと思った。スティーヴン役のジャック・ロウデンにも、伝記を読んだり、ビデオを観たりして研究しないで、脚本通りのスティーヴンを演じさせたらしい。

余談になりますが、切り抜きを壁に貼ったり、切り抜きでコラージュを作ったりって、「やった、やった!」と懐かしくなった。あと、バンドのメンバー探しが、レコード屋の掲示板に「メンバー募集!」ってチラシ貼ったりとか。でもこの頃日本では『プレイヤー』とかでメンバー募集していた感じが強くて、「雑誌ないのかな?」って思っていたら、あの有名な「メロディ・メーカー誌」を読んでいるシーンがあるんだけど、新聞みたいなんだよね~。この頃ミュージックライフとか音楽専科とか、「巻頭カラー!」みたいな音楽雑誌たくさんあったから、クィーンくらいの世代のバンドが日本に来日すると「すげーな」って思ったんだろうな~なんて想像してしまいました。

それと、私はスミス全くスルーしているので、モリッシーの世界が暗いというか、暗澹としたイメージがあったのだけど、彼の好きだった音楽って、ドールズもそうだけど、ポップな曲が多くて「へえ~」って思った。知らない曲も多かったけど、『Give Him a Great Big Kiss』はトレイシー・ウルマンがカバーしていて、めちゃくちゃ可愛い曲として知っていたので、これをモリッシーが最初のバンドで歌っているシーンが意外だった。めっちゃガーリーな曲なのに、彼の個性で歌うと、それはそれでなかなか味がある。

『ニューヨーク・ドール』のインタビューでモリッシーが、当時のプログレが好きじゃなかったから、ドールズが出てきたのは衝撃だったと語っていたけど、この映画でも、音楽好きでライブハウスに入り浸っているのに、ヘッドフォン付けていたり、当時の音楽は好きじゃなかったから、50sを聴いていたのかな?って思った。私もAOR全盛期だったので、ツェッペリンやジミヘンを聴いていたから、この気持ちわかる!って思った。
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