カツマ

バイスのカツマのレビュー・感想・評価

バイス(2018年製作の映画)
4.3
そのリールは凄まじい勢いで巻き上がる。歴史の転換点、食いついた獲物を何度でも釣り上げた者こそが、政治の世界では生き残ることが出来るのだ。それは負の遺産か、それとも栄光か。史上最強にして最凶の副大統領と恐れられた冷徹なカリスマの全貌に迫り、闇の奥までもほじくり返そうとする痛烈なるドリルの音に震撼する。真実はどこにあるのか、それすらも問われているような攻めに攻めた社会派ドラマがここにはあった。

ジョージ・W・ブッシュ政権で副大統領を務め、影の政府としてアメリカを掌握したディック・チェイニーの伝記映画であるが、何しろ彼は未だに存命中。にも関わらずここまで痛烈な問題提起型の社会派映画を作れるところが非常にアメリカらしく、自国の光も闇も描きあげてもまだ闇が深い、現状の果てなき闇深さを暗に象徴しているかのよう。チェイニーという男は何者か、その人物像と政治的な手腕をテンポ良く描き出し、エンタメ映画としても高い水準を示した作品だ。

〜あらすじ〜

若き頃のディック・チェイニーは大学も中退し、酒浸りの日々を送っていた。彼は恋人のリンから立ち直れないようなら別れる、との説得を受け、何とかワイオミング大学を卒業し、政界へと進出する。続けざまに政治家ドナルド・ラムズフェルドの演説を聞き、彼はドンとの師弟関係へと身を投じていった。
そして、ときはニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件。妻との間に二児を儲けプライベートも充実し、現場では着々とラムズフェルドの下で政治手腕を学んできた彼に、最初のチャンスが訪れた。何と34歳という史上最年少の若さで大統領首席補佐官へと抜擢されたのだ。フォード政権が終わると今度は下院に出馬し、難しいとされていた選挙戦にも勝利。彼の時代が少しづつ到来しようとしていた。

〜見どころと感想〜

見どころが飽和状態な作品で、物語、出演者、社会的な解釈に至るまで、年末の首都高ばりの大渋滞に目眩がしそうになる程情報量が多い。出演者ではやはり特殊メイクと肉体改造で完全にチェイニーになりきったクリスチャン・ベールの演技が圧巻だ。毎回ベースまで喪失する憑依型俳優の彼が本領を発揮した作品にはまずハズレは無いと思う。そして妻のリン役のエイミー・アダムスも、野心が強く、カリスマを完璧にサポート(時には食ってしまう)ほどのインパクトで、この映画に枯れることのない華を咲かせていた。

アダム・マッケイはコメディ畑の監督ということもあり、社会派ドラマの随所に『コメディ風』を盛り込んでいる。が、それでも軸は硬派からブレていない。この軟色と硬色を上手く配することで、抜群のテンポを生み出し、展開が早くてもとっ散らかっていないという見事なバランス感覚を実現しているのだ。

政治用語も多いが、『マネーショート』の時よりも遥かに分かりやすく、観客を置いてきぼりにしない工夫が何層にもわたり、貼られているのもよく分かる。それでいてメッセージは痛烈。伝えたいことはどストレートに表現し、観客が楽しめるようエンタメ映画としても機能させた、驚異的な完成度に舌を巻いた作品でした。

〜あとがき〜

コメディ色といえば、やはり子ブッシュでしょうか。サム・ロックウェル最高ですね、やはり彼の顔はコメディアンの本性を隠すことができないようです(笑)
9.11や対イラク戦争へと突き進んだ00年代のアメリカは暗黒時代のようですが、そこを俯瞰しつつ、一人の男の人生を描き切った手腕が光っていましたね。

個人的にはチェイニーの考え方には学ぶべきところも多かったです。余計なことは口にせず、考察は周囲の先を行き、決定は迅速に。これを政府レベルで実行に移せた彼はやはりとんでもなく優秀な人物だったのでしょう。簡単に仕事に応用できるとは思えませんが、そういった考え方は参考にできるかもしれない、暗に勉強させてもらったような気持ちにもなれました(笑)
カツマ

カツマ