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パンク侍、斬られて候のTOSHIのレビュー・感想・評価

パンク侍、斬られて候(2018年製作の映画)
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石井岳龍監督が石井聰亙を名乗っていた時代、怒り・叫び・疾走と得体の知れないエネルギーが迸る、パンク・ムービーでカリスマとなっていたが、還暦を越えても生き続けていたそのスピリットが、時代劇の形を借りて、甦ったかのような作品だ。

江戸時代の弱小藩・黒和藩。ふらりとやって来た浪人・掛(綾野)は、街道で巡礼の物乞いの父娘を見るなり、老いた父親を斬殺する。娘は斬らなかったが、問い質してきた藩士・長岡(近藤公園)を、「この老人は、邪教集団“腹ふり党”の一員だ」と言い放つ。
腹ふり党が押し寄せるという話は実は、藩に仕官しようと目論む掛のハッタリである事が、黒和藩筆頭家老である内藤(豊川悦司)にあっさりと見破られ、逆に次席家老・大浦(國村隼)との権力争いに利用される。映画でよく描かれる、傍若無人だが超絶的な剣士だと思っていた掛が、簡単に内藤に隷属してしまう展開に面喰う。内藤も外見はオーソドックスな家老像だが、若者言葉を使う、悪乗りで型破りなキャラクターだ。
会話の口調は一応、江戸時代の物なのだが、時折、「ウィンウィンの関係」、「リサーチ力」等のカタカナ言葉が使われ、現代的なくだけた口調になるのに吹いてしまい、通常の時代劇の常識で観てはいけない作品である事が、分かってくる。真面目な時代劇ファンが見たら、怒りそうだ。本作は先ず言語による、既存の時代劇に対する“パンク”なのだ。

密偵の魂次(渋川清彦)により、腹ふり党は教祖・茶山(浅野忠信)が捕縛され、実体がなくなっている事が分かり、内藤は腹ふり党を捏造する、HDP(腹ふり党でっち上げプロジェクト)を企てる。正論を好む堅物の藩主・黒和(東出昌大)は、掛を軽んじた大浦を猿回し奉行に左遷し、大浦は部下・幕暮(染谷将太)を介して、剣客・真鍋(村上淳)による掛暗殺を図るが、ある理由で失敗に終わる。緊張すると直ぐに気絶する、幕暮が笑える。掛・幕暮・魂次そして幕暮に手名付けられた阿呆だが念動力を使うオサム(若葉竜也)が、顔に刺青があり、二人の黒子に自分の言葉を発言させる茶山を訪ねるが、側には世話をする美女・ろん(北川景子)がいた。
話に乗った茶山が、世界は巨大な条虫の胎内にあり、人間は腸の中の糞だとする、腹ふり党の教義と腹をふる踊りを貧民街で語ると何故か大ウケし(シンボルであるろんが、腹を出さないのは不満だった)、信者が爆発的に増え、それはやがて圧倒的カオスの阿鼻叫喚の世界となるが、国中の猿を集める力を持つ大臼(永瀬正敏が演じるが、メイクでそれとは分からない程だ)の登場で、想像を超えた戦いが始まる…。ラストは意外にも、きっちりと物語にケリが付く。

これは一体、何なのだろうか。見た事もないような、超絶エンターテインメント時代劇である。61歳で大学教授でもある石井監督が、パンク的な既存の価値観の破壊を前面に打ち出し、この世の全ては茶番だとでも言うような、破茶滅茶な映画を作った事に、唖然とする。
エンディングで流れるテーマ曲「アナーキー・イン・ザ・U.K.」は、現在では既存の体制に対する若者の怒りを象徴する楽曲と言うより、懐メロに近いが、石井監督の中では昔からずっとこの曲が鳴っていたのだと思わされ、凄みを感じた。石井監督のデビューは、ロンドンパンク勃興の年(1976年)だそうだが、まさにアナーキー・イン・ザ・U.K.と共に、石井聰亙が現代に復活したかのようだ。
特筆すべきは、言語実験と言っても良い、おびただしい量のナレーションだ。幕暮の声だったり、大臼の声だったり、どんな立場からのナレーションなのか分からないまま、斜に構えた深い言葉の洪水に飲み込まれる。一体となった言葉と映像により、脳内を破壊されそうな作品である。 
どの客層をターゲットとしたのかも分からず、あまりにもシュールで支離滅裂な展開に、今年ワーストとの声もあるようだが(町田康の傑作小説を、脚本の宮藤官九郎が滅茶苦茶にしたという批判もあるようだ)、ワースト映画とは、集客が計算できるという理由だけで、人気漫画を無難に映画化したような、“スイーツ映画”の中から選ばれるべきであり、本作のようなチャレンジングな作品を、ワーストとは言わないのだ。マーケティングなど無視して、これだけの豪華スタッフ・キャストで、全力で馬鹿馬鹿しい作品を作っているのが凄い。“ゆとり世代”幕暮の口調で言えば、「なんつーの?、頭空っぽの方が夢詰め込める的な?、宇宙が砕ける的な?」見た事もないような映画になっている。
現代人にとってリアルではない江戸時代を“パンク”しても、現代への批判は比喩に留まる事になり、パンク侍の映画化に10年以上かけるなら(原作は2004年刊行)、現代を舞台にしたオリジナルで、直接的に現代を批判するパンクな映画を作って欲しかったとも思うが、キラキラしたスイーツ映画が幅を利かす日本映画界に、風穴を開けるような、異質のパンク・ムービーであるのは間違いない。
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