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来るのmのレビュー・感想・評価

来る(2018年製作の映画)
4.9
まず大事な事を記しておくと、これはホラー映画ではない。心霊ホラーを期待すると肩透かしを食らう。
それでも、この映画は圧倒的に面白くて素晴らしい。ジャンル映画のフォーマットに意識を取られるとこの映画の真髄を見失ってしまう。


‪冒頭シーンの空振り具合から分かるように、心霊ホラーというジャンルには中島哲也監督はどうやらあまり興味が無いらしい。その一方で、監督は人間という生き物の心と日本社会に根強く残る悪しき価値観という名の『呪い』には興味津々のようで、それをみっちりと描く事で結果的にホラーとは違う類のものだがある意味でホラーに似た何かでもある、ジャンルレスな興味深い作品になった。‬
中島哲也映画お馴染みの濃厚な画や編集へのこだわりが今回はこれまでより薄まった事もあって、その結果作家性やジャンルの枠組みを超えて浮き彫りになるのは人間の面白さだ。映画自体の軽さの中に妙な凄味がある。今回の中島哲也映画は一味違う。

‪『ぼぎわん』が実体を見せない(分からない)意図は明白で、この映画で監督が描きたいのは『ぼぎわん』という分かりやすい化け物ではなく、『母親』というポジションへのプレッシャーと周囲の無理解、外面を良くしてイクメンを演じなければいけない(そもそもそれくらいしかできない)男のしょうもない見栄、田舎の男尊女卑(あの法事のシーンの男尊女卑の感じが巧い)といった日本の価値観という名の『呪い』だからだ。‬
‪そうした価値観と登場人物達の心の弱さから、破滅はやって来る。名前の由来も割愛されて、もはや『ぼぎわん』という名前さえ放棄される。『呪い』は決して土着の化け物などではなく、(田舎で産まれた可能性も示唆しつつ)私達の身近な世界の綻びから産まれるものとして描かれていく。‬

‪人間の軽薄さや浅はかさがみっちりと描かれていくが、しかしそれを蔑むだけでなく憐れみの目で見つめる視点もあるのが素晴らしい。‬
‪劇中で最も酷薄な人間である妻夫木聡すら、その憐れさと哀しみが描かれて単なるピエロにはならない。単なる露悪的なものではない、白黒付けない人間観があってそこに惹かれた。‬


人によってはどうやらこの映画の黒木華は悪役だと思う人がいるらしいが、彼女もまた女性・母親を取り巻くありとあらゆる日本の価値観や環境の犠牲者だと思う。世間的には『悪い母親』でも、彼女だけが悪い訳じゃない。その事も描かれていたからこそ、罪があるとはいえ彼女に対してもう少し慈悲がほしかったと個人的には思ってしまうが・・


一番の被害者は子供であるという事もしっかりと描かれていて、映画は愛されなかった子供とはぐれ者達のドラマへと収束していく。ぎりぎりの所の微かな希望らしきもの。ここが結局なんにも無かった「渇き。」とは違う。



俳優陣は各々の最大限の力を引き出されていて、最高の岡田准一、最高の小松菜奈、最高の妻夫木聡、最高の黒木華、そして最高にクールな松たか子&柴田理恵が観られる。
地に足着かないフリーランサーの倦怠を全身から滲ませる岡田は、これまで全く活かされる事のなかった役者としてのポテンシャルを遂に存分に発揮していて、登場一発目のこれまでにないもごもごとした発声からもう痺れる。それと個人的にちょっと共感する所があった。
小松菜奈のパワフルさとヘアメイク&衣装による役柄の構築は素晴らしく魅力的。
これまでで最も軽薄さを体現する妻夫木聡はその一方でこの人物の弱さと哀れさもまた体現していて、唾棄する事のできない男の複雑さを表現している。
大人しそうな黒木華が真逆に振り切れる際の力強さも素晴らしい。その姿にはもはや痛快さが漂う。
松たか子&柴田理恵は言わずもがなの説得力と格好良さ。



比嘉姉妹のキャラの立ちっぷりやクライマックスのお祓いのハッタリ感から漂うのは、ある評論家も指摘していた通り『少し前の白石晃士映画っぽさ』、「コワすぎ!」や「カルト」で気を吐きまくって最高に面白かった頃の白石晃士映画感。「来る」はある意味であの頃白石ファンが夢想していた(が結局そうはならなかった)、『理想のメジャー白石晃士映画』でもある。
ロックな曲と共に登場して映画の雰囲気を一変させる岡田准一や、岡田をブン殴る松たか子のアクティブさと動じない最強感、次々登場する(登場順にレベルが上がっていく)霊媒師達の個性の強さと儀式のあの感じ。そういう所でも個人的には面白く観れた。


中島監督は今泉力哉監督の「退屈な日々にさようならを」を観て気に入ったそうで、「退屈な日々〜」の俳優部から内堀太郎・矢作優・猫目はちが起用されている。彼らが大メジャーの場で程よく個性を発揮しているのを観て、こちらも何だか嬉しくなった。


‪クライマックスのお祓いシーンは沖縄のユタから韓国の祈祷師まで(この辺やっぱり「哭声/コクソン」っぽい)様々な宗教が入り混じったカオスっぷりで、その混沌と多様性が愉しい。‬



‪『呪い』の明確な答えを提示せず、登場人物も観客も混沌に放り込んで答え探しを観客に委ねる終盤も好感を抱いた。ラストの幕切れの仕方も素晴らしい。軽さの中で今を撃つ重さもある作品だった。‬


‪黒木華についてのネタバレありの感想をコメント欄に書いておきます。‬
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