daisukeooka

どこでもない、ここしかない No Where,Now Hereのdaisukeookaのレビュー・感想・評価

4.5
ファーストカットから美しくてニクいのだ。

「バルカン半島のスロベニアに住むトルコ系マケドニア人のムスリム男性」が「不動産・観光ビジネスで稼ぎつつ夜な夜な女に手を出して危機に陥る」映画である。この要約で即座にイメージ出来る人が、現代日本にどれだけいるだろうか。

ニュース映像で断片的に見る「バルカン」「イスラム」なんて戦争ばかり。それだけがリアルなのか。決してそんなことはない。けれど、ニュースやドキュメンタリーはある課題に焦点を置いて人や事物を撮る。そして日常の全てまでも限りある本編に織込むわけではないのだ。

そんな一方で「映画漂流者/シネマ・ドリフター」リム・カーワイ監督は、フィクションとして彼らを描くことで、かえって彼らの日常を仔細に描き「彼らも我々と同じ人間なんだ、イイ人たちなんだ」という共感を呼び起こすことに成功している。現場に最大でもスタッフ3人という少人数での撮影なので、光や音やカット割りなど画の仕上がりには限界がある。そのドキュメンタリー感と、登場人物たちに「ただこのように演ってもらう」ことで生まれた会話や動作が、フィクションでありながらも、結果的に体温あるリアルな日常を滲ませているのだ。これはなかなか真似できない「発明」と言って良い。

演った人々は皆、演技経験などない素人だという。彼らを口説いて「演ってもらう」それを撮ることをOKさせる、リム監督の人徳に感嘆する。そして仕上がった本編には、何とも言えない人間味をたたえた人々が、可笑しみとオーラたっぷりに漂っているのだ。

もちろん、この映画を成立させた監督の見えぬ苦労は想像するに余りある。相手も英語が出来るとはいえ、文化や慣習にもかなりのギャップがあって、しかも素人に演らせるわけだから、撮影で何がどうなるか読めたもんじゃない。とにかく始める、紆余曲折しながら撮るつなぐ、そして結果として映画が仕上がる。当初考えていたものと仕上がったものは、振り返ってどれほど違うのか。まさに映画作りは旅で、人生そのものなのかもしれない。

日々セカセカと東京を動き回り、メシの間も寝る間も解けぬ課題を抱えたままのおれにとって、バルカンの牧歌的な光景の中、友を頼り女を追う男の旅路は、ぼんやりノンビリしていて、なんだか羨ましいほどだ。人生だって映画だって、これほどまでにシンプルで良い。こんなんで良いんだ。そう思わせる優しさが全編に満ちている。
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