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タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~のCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

1.2
【我に触れるなメラメラメラメラメランコリアに触れよ】
第68回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞するも、ルーマニア出身のアディナ・ピンティリエ長編初監督作にして非常に難解な実験映画故に日本公開が絶望的だと思われていた『タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~』が日本公開することとなった。新型コロナウイルスの影響で、仮設の映画館にて先行上映されていたので観ました。当時、東京国際映画祭作品選定プロデューサーの矢田部吉彦が難色を示していた作品。確かに色々厳しいものを感じる作品でした。

TOUCH ME NOTをラテン語にするとNOLI ME TANGEREになる。

NOLI ME TANGEREはイエス・キリストが復活を遂げ、マリアの前に姿を表すが、彼女の抱擁を拒絶する有名なエピソードの名台詞である。そして、本作はマイノリティの接触における哲学を虚実曖昧模糊な形で考察してみせた作品。審査員長トム・ティクヴァ、それに次いでセシル・ド・フランス、Chema Prado(スペインの映画批評家)、アデル・ロマンスキー、坂本龍一、ステファニー・ザカレック(アメリカの映画評論家)が本作を最高賞に選んだことは、非常に挑戦的である。カンヌが社会問題をテーマにした映画に甘過ぎで、ヴェネツィア国際映画祭が米国アカデミー賞前哨戦に成り下がったことを受けると、こういった作品を最高賞に選ぶベルリンはまだ信頼ができる。

ただし、面白いかどうかはまた別の話である。

他者との接触を拒むローラは、誰かに理解されたい、誰かに抱擁されたいという感情を持っているが、それを拒絶してしまう。自慰に励む男を見つめ、彼の残り香漂うベッドを掴みその複雑な感情を表現する。そして、セラピーでは拒絶を瓦解させるため、カウンセラーがパンチ等を繰り出し接触を試みる。彼女は叫ぶ。叫ぶことによってメランコリックな気持ちを膿として絞り出させるのだ。

そんな彼女が目撃するのは、毛がない男、脊髄性筋萎縮症、知的障がい者等が集まって行われるセラピー。互いの感情を吐露し、見つめ合うことで孤独を溶かしていくセラピーだ。彼女はそこのコミュニティに片足をツッコミ、自分と向かい合う。胸のある男が自分のマイノリティで個人的な話をする。胸に名前をつけて、まるで恋人や子供のように接するその男の話を共有するのだ。

アディナ・ピンティリエ監督はトロント国際映画祭でのインタビューの中で、障がい者に対して性生活を送れない、保護される必要があると考えることは誤った概念であり、見下しの目があると語っている。その無意識/意識的悪意を、障がい者の歪なふれあいのセラピーで表現しているのだ。

しかし、どうだろうか?

監督が長期間にわたるリサーチで生まれた本作は、監督の社会批判が全面に描きこまれた結果、説明的になり過ぎてはいないだろうか?

例えば、ローラの憂鬱を表現するために、

「メラメラメラメラメランコリア」

と歌が流れるのだが、露骨な表現である。また、カメラを組み立て、障がい者の像を浮かび上がらせ、外見の問題を提示しようとするユニークなショットがあるのだが、何度も描くことでクドさが滲み出てしまう。そして、本作最大の欠陥は、セラピーが持つ自己を吐き出す行為が、映画という言語に変換せずに映し出されるため説明過多となってしまっているのだ。ドキュメンタリー畑の監督としても、映像で魅せるという表現に乏しいので映画ではないと感じてしまうのだ。

似たようなテーマを扱った『Chained for Life』や『37セカンズ』が映画的表現で複雑な心理を分析していたことを考えると、どうしても力不足に見える。そして2時間という時間が拷問のように長く見えてしまった。