5時から7時までのクレオの作品情報・感想・評価

5時から7時までのクレオ1961年製作の映画)

CLEO DE 5 A 7

上映日:2017年07月22日

製作国:

上映時間:90分

ジャンル:

3.8

あらすじ

若く美しい歌手クレオは、癌検査の結果を待っていた。パリの街をさまよい歩くクレオは恋人、仲間の音楽家、女ともだち、見知らぬ兵士など、人々との交流を通して、これまでは見えていなかった世界に気付く。そうして心の安らぎを少しずつとり戻した2時間後、クレオは医師から検査結果を告げられる。

「5時から7時までのクレオ」に投稿された感想・評価

小一郎

小一郎の感想・評価

3.8
シアター・イメージフォーラムの特集上映「ドゥミとヴァルダ、幸せについての5つの物語」にて鑑賞。 『シェルブールの雨傘』の ジャック・ドゥミ、その妻で女性映画監督のアニエス・ヴァルダ。ヌーヴェル・ヴァーグの2大作家とのことだけれど、どちらの作品も見たことないです。

ヌーヴェル・ヴァーグとか言われても良くわからないので、この特集はひたすら「幸せって、何?」に焦点をあてて見ようかと。

で、こちらはヴァルダの作品。イメージフォーラムのウェブによれば、<キュートで哲学的なガーリームービーの金字塔>とのことだけど、オジサン的見どころは<哲学的>の方。

「私、ガンかも」と思っている女性ポップ・シンガーのクレオが、午後5時から医者に診断の結果を聞く約束の7時までの間(正確には1時間30分)、パリの街を右往左往しながら、気持ちがめまぐるしく浮き沈みする様子をひたすら見る物語。

彼女は交友関係が広いのだけれど、皆、クレオが心配しすぎという感じで、まともに取り合ってくれない。自分のことをかけがいのない存在と思ってくているだろうはずの親しい知人、友人、そして恋人までからも感じる無関心。

孤独と不安を味わいつつも、クレオは自分と向き合い、“捨てる神あれば拾う神あり”みたいなこともあって、幸せを見出していく物語、なのかな。限りある時間を自覚し、その中で1人でも自分のことをかけがえのない存在と思ってくれる人がいると思い込めれば、それで幸せ。

●物語(50%×4.0):2.00
・他人は自分が思うほど自分のことを真剣には考えてくれないという真実。嫌いじゃない。

●演技、演出(30%×3.5):1.05
・演出が凝っているのだろうけれど、そこのところを良く味わえない自分が残念。

●映像、音、音楽(20%×3.5):0.70
・音楽が良い、らしかった。
Mitsunoir

Mitsunoirの感想・評価

4.2
wikipediaで概要をさらってからみたのですが、一言で言えば非常に哲学テーマを扱っていて好きでした。まぁよくわかんなかったけど。
ヌーヴェルヴァーグの名優・監督がでる短編映画部分は純粋に良い、二人がきて歌った音楽も良い。ジャンプカットとか時間の扱い方も良い。

以下駄文。
街を歩いているクレオが通ると男が振り返る、彼女をみるシーンがいくつも、そう、女はみられている、そしてどうみられるかを意識しながら自分という実存に価値を与える。そんな彼女が癌=自分の死を疑い出しいろんな人と話す、すると周りの人は対して同情するわけでもない、彼女が作り上げてきた実存の価値と彼女の中のそれの認識がずれる(実存的危機)、彼女は鏡で自分を見ることでもそれを認識する。(ありのままを映す鏡って映画において非常に意義深い装置だ!)
一方でパリの街は素晴らしい、街を歩き建物や自然、様々なことについて語り合う。それがどんなに素晴らしいことか。自分がどうみられるか、言ってしまえば資本主義的な周りからの評価を気にする生き方で世界が見えなくなってしまってはいけない、そんなメッセージを受け取りました。でもなんか違う気しかしないのでもう一回見たい。

実存主義は好きで、俺も頑張るぞ!とか思っていたので、その向こうというか作法について幾分かの洞察が得られたような何か見えたような気がしてよかったのです。sans toi (=あなたはいない)って歌詞があったけど、あれは人は他人にそんな関心ないって感じだったっけ。
川しま

川しまの感想・評価

3.6
お洒落だなぁ…。
KANA

KANAの感想・評価

3.5
ヌーヴェルヴァーグの中でもセーヌ左岸派の女性監督、アニエス・ヴァルダの代表作。

コリアンヌ・マルシャン演じる主人公クレオが「癌かもしれない」と思いつめながら医者から検査結果を聞くまでの夕方2時間、パリの街を歩き回る。
ついちょっとしたことではしゃいだり、かと思うと急に落ち込んでしまったり…。
初夏のパリの風景の中でクレオの心の揺らぎや、客観的には存在感みたいなものを生き生きと描く。
検査結果に対する不安、治療がどうなるかの不安、歌手としての仕事の不安…みんなひっくるめて、現在という時間に出会う人々、その時その瞬間の自分の有りようこそが現在の生。
ヴァルダはクレオのそれを時間の飛び越しなしに、映画の中と同じ夏至の日にリアルタイムで、しかも脚本の順番通りに、まるでドキュメンタリーみたいにフィルムに収めている。
ヒロインが男性に対する他者として現れる、男性監督作にありがちなパターンとはまた違って、あくまでもクレオという女性の主観こそがこの作品のキモのような…。
そして、あちこち道端で撮るっていうスタイルがいかにもヌーヴェルヴァーグ。
気取らないパリの日常風景はもちろん、冒頭のタロットカードシーンのみカラーで、あとはモノクロという使い分けもオシャレ。
映画内映画にカメオ出演しているゴダール&アンナ・カリーナの寸劇もコミカルで可愛い。
Kism

Kismの感想・評価

3.5
始めのクレオの髪型がすごいなーと思ったらカツラやん
そして帽子、またすげーのがいっぱい。
すきな雰囲気だったけどグッとくる感じはなかった
歌手であるクレオが死の未来を告げられ、最序盤で世界は色を失いモノクロの画面となる。

医師の検査結果を待つ二時間の間立ち止まることなく、それこそ病的に歩き回る彼女は、死を恐れるというより悲劇のヒロインであることに酔っているように見える。道行く人たち誰もがすれ違う彼女に注目して見つめるその目線は彼女の世界の外側にいるわれわれ観客からすれば不気味でしかないが、彼女にとっては恍惚とするような理想的世界である。街頭でのゲリラ撮影によって成立し得たショットらしい。素晴らしかった

そのように誰もに死を待つ美女である自身を憐れみ、注目することを要請する彼女にとってビジネスライクなマネージャー、構ってくれない恋人、自己本位な作曲家らは悲劇の渦中にある彼女を到底救いえないのである。彼らから逃れたクレオは柔らかな白い衣服を脱ぎ捨て、諦めからか死を印象づけるような漆黒に身を包む。
だがそれももちろん彼女の世界の内側のみでのことであり、彼女に依存し言い寄る男性が現れると途端に彼女の不安は払拭されて現実世界と同化し、鬱々とした雰囲気は姿を消す。

この作品は、街中の誰もがひとりの女性に注目し、彼女を中心に街全体が成り立っているような広がりを持つように見せながらも実際はクレオの内的世界、クレオから見たとてもミニマルな世界を示しているのである。
『5時から7時までのクレオ』というタイトルですが、実際は午後5時から6時半までの約90分間、自身が癌ではないかと怯えるシャンソン歌手クレオと共に、1961年の初夏のパリを巡るランデブーです。

物語の大半を通じて主人公クレオは、ほぼ立ち止まることなく、徒歩で、タクシーで、バスで、まだ陽が高い夕刻のパリの街をさまよい歩きます。
そんな彼女の歩調に合わせて遊動するカメラ。

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映画を撮る前は写真家だった監督アニエス・ヴァルダと、彼女の夫ジャック・ドゥミの作品でも撮影を勤めたジャン・ラビエによる、コントラストの強いモノクロームの映像の中を流れるパリの風景は、市井の臨場感を持ちながら、瑞々しく美しいドキュメンタリーとしても一見の価値があります。

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一方で物語の前半、クレオが自宅で新曲の練習をするシーンでは、ジャック・デゥミのミュージカル『ロシュフォールの恋人たち』等にも通じる、現実から数センチ浮き上がったような小粋な演出で、作曲家役で出演しているミシェル・ルグランとのデュエットも。

また、ジャンプカット(カット間の時間の跳躍)が無く、90分間、物語の時間と現実の時間がほぼリンクしている中で、時折、水たまりをスキップで飛び越える程度の(初期のサイレント映画的な)、ほんの数秒の飛躍が挿入されるのも、映画としての愛嬌を感じられます。

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物語としては、主軸となるのは自身の病気に対する恐怖。
それは同時に、私と何者かという、アイデンティティの揺らぎへの(歌手という人気商売であればこその)不安でもあるのですが、それをどのように主人公は乗り越えるのか、またそれまでの心の揺らぎが、直接的な言葉や会話によってではなく、カメラを通して見せる、彼女の目に映る世界の光景によって表現されます。
そして、それがパリの街のドキュメントと重なり合うという、非常に洗練された演出。
しかも、あくまでもお洒落に、軽やかなリズムを失わず。

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ヌーベル・ヴァーグを代表する、紛れもない傑作です。

『勝手にしやがれ』や『突然炎の如く』等に比べれば、知名度はやや劣るかもしれませんが、もちろん、質が劣るわけではなく、即興的な演出、実験的な遊び、(時に冗長にも感じられる)哲学的な問答という、ゴダール的な、”いわゆるヌーベル・ヴァーグ”的印象が希薄な分、むしろ時代性に囚われない輝きをもった作品として、楽しめるのではないかと。
り

りの感想・評価

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やっぱりヴァルダ好き
物語だけが秀逸な作品は記憶を失っていない限り一回見たらそれで事足りてしまうけど、映像が優れた作品というのはその映像美を堪能したいがため何度も見たくなってしまうから嬉しくも困ってしまう

癌を患ったらしいクレオという女性と周囲の人物の90分をジャンプカット無しで描いた作品で、序盤のカラーからモノクロへの移行の時点で並の映画でないことはわかったが、ミシェル・ルグランの音楽等の力もあるだろうけどただクレオが街や公園を彷徨う姿を捉えるだけで実に魅力的で、ロケーションと演出に長けたものがあると見る度感嘆する

ゲリラ撮影でカメラ目線になる通行人がクレオを訝しげに見る視線のように使われているのにもセンスが感じられ、長編デビュー作からアニエス・ヴァルダの柔軟な発想力が遺憾なく発揮されているなとここでも感心

最後の方で過敏になっていた神経をクレオが落ち着かせていたけど、最初の演出もあり依然モノクロのままという点にクレオの中から死への不安が完全に拭えていないと見ることもでき、こう劇中で明言せず映像表現で考えさせる映画というのは後に残るものがあって良いなとつくづく思わせられる

改めて見て思ったが、やはりこの作品はヌーヴェルヴァーグ時代の作品でもかなり好きな部類に入る映画の一つだ

それにしてもこの作品はイメージフォーラムでリバイバル上映されたちょうど1ヶ月後にCSで放送されたのだけど、劇場と家という違いがあるとはいえこういうケースがあるからリバイバル上映というの鑑賞は躊躇いがちになってしまう
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