5時から7時までのクレオの作品情報・感想・評価

「5時から7時までのクレオ」に投稿された感想・評価

mamihidaka

mamihidakaの感想・評価

4.0
素晴らしい映画だと思う
り

りの感想・評価

-
ヴァルダがこんなにいいなんて。
丁寧に詰められたセンスセンスセンス 好き
死ぬまでに観たい映画1001本より

癌検査を受けた歌手のクレオが、検査結果を聞きに7時に医者に会う予定なのだが、結果を聞くのが怖くて5時にパリをウロチョロする話。

ところどころ好きなカットや歌がある。
難解ではないのだが、ちょっとよくわからない感じは、この時代のフランス映画ならでわ。

一番好きなシーンは冒頭のタロットカードと中盤の歌のシーン。あれはさすがに画面に釘付けになった。

芸術性が高いが、女性目線で芯の強さを表現しているので、まだ比較的わかりやすいフランス映画です。
撮影がひたすらに永遠に好きで、語り口も好きで、音楽も好きで、なにより主演のコリンヌ・マリシャンがすごく好き。好き映画。
私が美しい限り 私はいきている
タロット カラー 欲しいものが体に良いからコーヒー 画学生治安悪い 猫型の湯たんぽ 部屋が素敵 シャンソン 人の目ばかり
暗く見えたのは眼鏡のせいだ!
公園 階段 水の音は好き?
幸福な感じよ 一本道

ウィンドウショッピング 窓と鏡に街並みとクレオ ゆっくり回るカメラ

鉄棒にぶら下がってリラックスするやつ部活でやってたから親近感
恋人に会い、歌を歌い、余計な装飾を捨てて街に繰り出し、カフェでキュッとお酒を飲み干す。ヌードモデルの友人、映画、公園での出会い。情緒不安定な女のモダンでささやかな成長譚がとてつもなくチャーミング。
自分のことが全てじゃないって思えたら、
もう怖くない。

〜〜〜

享年90歳にして今年の春先に亡くなってしまったアニエス・ヴァルダの代表作の一つ。
今年春先映画館で見たけれど、しっかり見直したくて、U-NEXTにて鑑賞。

まずタイトルからして洒落ていますよね。
その名前通り、病の宣告を待つシャンソン歌手の5時から7時までの2時間を追いかけつづける作品です。
病に怯え、孤独や不安に駆られる彼女は、
終始ボロボロです。
一瞬光が射しても、すぐに絶望が訪れる。
でも、最後の10分で、
それがぐるっと変わっちゃう。
それを目にする、2時間。

〜〜〜
キーワードは
「鏡」と「迷信」です。

これでもかってくらい鏡やガラスにクレオは映り込みます。(時たまカメラも写ってしまいますが、それでも構わないってことは、相当こだわっているみたい)
人目を惹くほどの美貌を持つクレオは、
自身が綺麗に美しく見えることが、
どこかで心の支えになっています。
散々泣いた後も、鏡を見て、なんとか取り戻す。
皆に見られる路上では、気丈に振る舞うが、身内になると途端にか弱くなる。
「鏡」は正にその象徴だと感じました。

けれど、その「心の支え」は実は諸刃の剣。
心理対象はいつでも自分に向くために、
不安になり孤独になり固執することになる。
誰彼の善意を届かない。
それでも自分を信じればまだいいのだけれど、
病によって身体から裏切られた彼女には、それはできない。そして「迷信」に頼る。
益々不安になる。
この負の連鎖が5時から6時半までのクレオ。

でも最後、気のいいお喋りな休暇軍人に会ったクレオは、少しずつだけれど、くっきり変わります。
「愛されることを愛してる人が多すぎる」なんて言葉は彼氏が時折訪れることに不平不満をこぼすクレオには少なからず響いたりする。
迷信だって笑い飛ばしてくれる。
不安な検査の前も一瞬にいてくれる。
それでいて、
草木や人たちに目を向ける彼を見ているうちに、
クレオは自分のことなんて考えなくなる。
鏡を見なくなる。
そしたらもう怖くない。

「健康は美」「恐れは美」
そんな言葉たちの狭間にいたクレオが、
ぱっとその隘路から抜け出ていく。
まだ夏が始まる前の陽の光の中。
白黒でも鮮やかな光。

〜〜〜

途中出てくるゴダールとアンナは最高に可愛いし、人たちや街をぐるぐる撮り回すのもなかなか愉快。
唯一のカラーシーンである、
最初のタロットカードをバックに
クレジットが挿入される場面は
唸ってしまうほどスタイリッシュ。
センスが跳ね回る映画でした。
Yuu

Yuuの感想・評価

3.7
タロットの手元のシーンだけがカラーだったり、ワンピースの裏地がペイズリー柄だったり、細かいところがお洒落なのはさすがフランス映画。

クレオの部屋着の裾にじゃれつく仔猫がとても愛くるしい。

“シャンソンの流行りがいつまで続くかしら”クレオの口からそのような言葉が発せられたシーンが、先のことはわからない自分の身体と重ね合わせているかのようでグッときた。
櫻

櫻の感想・評価

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あなたのことが好きです、大切です。言葉やそれを表現するいくつかの行動を抱えきれないほど貰っても、生まれた時から手の中にあった孤独はいつまでも無くなっていかない。それ自体は悲しいことでも寂しいことでもなくて、この世界に当たり前があったならきっと該当することの数少ない中のひとつなのだと思う。生まれた時からこれまで死に向かって生きている、なんてたくさん語られてきたからずっと前から知ってる。手の中の孤独だって、それを忘れさせないための神様がつくった仕組みなんだと思ってる。生まれてから死んでしまうまで、他の誰にもわからない不安や悩みは尽きない。さっき好意を言葉や行動にしてくれた人たちだって、私の脳内までは来てくれないのだから、ありがとうだけ言って大丈夫なふりしてしまうね。
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