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追想のdm10foreverのレビュー・感想・評価

追想(2018年製作の映画)
4.3
【何も言えなくて、夏】

結婚は決してゴールではない。
もう古くから言い尽くされている言葉。
だけど、本当にこの意味を心に刻んでいる人ってどれくらいいるのだろう。
特に・・・僕も含めた男性陣。

女はずっと秘密を抱えていた。
男は、きっと結婚すれば何かが変わるだろうと思っていた。

そして二人は結婚式からたった6時間で結末を迎えることとなった・・・。

これってきっと事の大小はともかく、きっと誰もが抱えているかもしれない事。

付き合っているときは未来は明るく見える。目の前にある様々なトラブルも、それは自分たちの愛を深くしてくれるための試練と受け止める。
そして一つ一つそれを乗り越えることで二人は先へと進んでいく。
だけど、いざ個人が抱える問題となると、実は相手を思っているからこそ言えないこともある。

男は彼女を愛していたから「結婚するために」それを受け入れた。
女はそれでも男が愛してくれることを願った。

「君は西側一に堅い女性だね」
「でも私を愛している?」
「だから愛しているんだ」

結婚式が終わり、二人だけになった時にふと交わした何気ない会話。
実はこの会話にこの物語の全てが込められていた。
彼女の抱える心の問題を受け止めつつも理由がわからない彼は、若干の皮肉を込めて彼女に冗談ぽくおどける。
彼女は、その悩みが二人の間において決して小さな問題ではないことを十分理解したうえで、彼の愛を知りたかった。
そして、彼の答えは・・・・一見ウィットに富んだ返し。勿論本当に彼女のことを愛している。だけど、心のどこかでは、本質を理解しないまま一緒になったことについて、若干の苛立ちとわだかまりが垣間見える。
物語は結婚式直後の二人きりの昼食の際の会話がメインとなる。
緊張のせいか、どこかぎこちない二人は出会いから結婚に至るまでの思い出を辿る。

エドワードは両親と双子の妹の5人家族。父は小学校の校長先生をしてはいたけど、決して裕福とは言えなかった。以前とある事故がきっかけで脳に障害を追ってしまった母は理解力や記憶力が極端に低下してしまい、裸のまま庭の鳥を追いかけたりしてしまうこともしばしば。
エドワードも妹たちも「そういう母だ」と思って育っていた。
しかし父が言った恐ろしい一言「母さんは脳に損傷を受けてああなったんだ」に内心救われてもいた。
(母は事故で脳に損傷を受けたんだ。だから僕に遺伝するようなものではない。だから僕は違う。)
初めて人生が開けたような気がした瞬間。
しかし、そんな母の存在は家族から笑顔を奪ってしまっていた。
そんなある日学校の成績がとても良かったことを家族みんなに知らせるも、誰一人褒めてくれなかったことに寂しさを感じたエドワードは家を飛び出してロンドンへ行く。
そこで偶然フローレンスと出会った。
一瞬で恋に落ちる二人。
フローレンスは障害を持つエドワードの母や妹たちに分け隔てなく明るく接し、家族に笑顔をもたらす。その様子を見た父はエドワードに「彼女と結婚しなさい」と一言だけ呟く。

フローレンスは厳格な両親と天真爛漫な妹と暮らしている。
男の子をお茶に誘ったと言っただけで母は「ご両親の仕事は?」「どこの学校を出ているの?」「どこに住んでいるの?」と彼自身ではなく、彼のステイタスばかりを気にする。
当時のイギリスはこういう風潮が特に強かったみたいね。労働者階級だのなんだのって言葉で若干区別するみたいな。その辺はモンティパイソンなんかでも痛烈に皮肉っていたし。

そんな二人は惹かれ合い、結婚を意識してどんどん愛を深めていった。
しかし、どうしても踏み込めない領域があってそれだけは彼にも「待って」もらっていた。

思えば、キスシーンが必要以上に多いな・・・と感じていたんだけど、物語も終盤に近付き、彼女の秘密が徐々に明らかになっていった時、そして彼の理解がやっぱりそれに追いついていないことが明白になった時、振り返ってみるとどこかぎこちないまま結婚した二人が小さなズレや間を埋めるためにしていたのかな・・・とも思えた。

彼女が抱えた秘密(悩み)の原因については、実は本作中では明確には語られません。
そこにもどかしさを感じるかもしれませんが、案外普通の事なのかもな・・・と。

トラウマとかなら探っていけば原因があるかもしれないけど、そうじゃなく、本質的、根本的にダメなこと、受け入れられない事って、本人も言葉では説明できないけどでもやっぱりダメなものはダメなんですってあると思う。

実は僕の知り合いにもこのケースと全く同じ悩みを抱えた二人がいて、しばらく相談を受けていたことがあったのね。だからその時の経験を踏まえてみた時に見えてくることがたくさんあったり、逆にあの時の二人の苦しい心境に気が付いたり・・・。
結論から言えばその二人は、この映画の二人のような結論は選ばず今でも仲良く暮らしています。今は4人家族で。

フローレンスの悩みを受け入れられなかったのはエドワードの若さ。
でも先に言ってあげることが出来たらエドワードをここまで苦しめることもなかったかもしれないという点ではフローレンスも若かった。
「愛があれば乗り越えられる」という幻想にも似た言葉だけを信じてしまった二人。

エンディングは若干「LALALAND」感を感じつつ、またその後の二人がどうなったのかを知り、ちょっと複雑な心境になりつつも「やっぱり、若さだったなぁ」と思ってしまう。
悪い意味ではなく、それも「経験」として。

で、今作における「結婚」というものの捉え方をを端的に表しているなと思ったのが、このフレーズでした。

~私にはスタートだったの、あなたにはゴールでも~

男と女って、同じ場所に立っていても違う景色を見ている事って多いんですよね。
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